2013年の投稿

(無題)

リジュー · 2013-02-09 22:41:06 UTC+9 · 投稿 #677

竹下様

お返事ありがとうございます。ネラン神父様のこと少しネットでみました。とてもいろんなご経験をされた方で、素晴らしい方ですね。宣教師として活動され、引退後は生き方も選択できるのは理想的でもあり、でもそれは神様がその方それぞれに与えたものであり、自分で決めることでもあり、その辺の判断が私は難しいと感じてしまいます。仮に聖職者が聖職者を辞める場合もあるのでしょうけど、それは世間的にみてどうでしょう。仮に結婚したとしてもそれは素敵なことだと思いますが、批判の目でみられたりもするんでしょうか?
「聖女伝」の中のテレーズのことも普通の女の子は聖人になれるか?という所にも考えさせられました。聖人、カトリックは奇跡がが好きとか、いろいろありますが、何というかいわゆる召命もその時々で変わることもあるし、カトリックの世界で自分を大切にしてしまい、世間での付き合いが好きでなくなったり、聖書も自分視点で解釈したり、自分で解釈するのが好きなのは、良くないことなのか、やはり神父様のご指導の下が一番でしょうが。神様の思い方は人それぞれですが、よく違うと言われることもあります。それで少し落ち込んだり、人々と分かちあうことも大切ですが、私の中の神様は自分の中で大切にしたいですし。
霊的指導者は10年位かけてのお付き合いが大切なのだと、10年位自分の近くにいて下さる神父様がいたら本当に理想的ですね。神父様にイエス様を重ねてしまうことはどうでしょうか?自分がそんな気がしてますが。ゆるしの秘跡にしても良く知ってる神父様だと人間的な目で見られてしまったらと思うこともあったり、やはり友人と一緒で人柄が重要なのでしょうんね。確かに偽った生き方や人間的な優しさがあるかどうかは年を経た方は自然とでてしまいますね、そう思います。

リジューさまへ

Sekko · 2013-02-07 09:15:50 UTC+9 · 投稿 #676

リジューさま、こんにちは。

そうですね。「霊的カップル」っていうのに私もちょっと憧れます。

フランソワ・ド・サルとシャンタルの場合はなんだかんだといっても名士同士、エリート同士かなあ、とも思いますが、それでも、いわゆる「相性」を超えた大きな何かを介在させていたのだなあと思います。

上流家庭で妻母嫁と人生のフルコースを味わってその後またフランソワ・ド・サルのような突出したキャラクターと出あい、共に新しい修道会を創り上げたシャンタルの人生はなかなか羨ましいです。

私の身近でよく知っているのはカトリック関係者とチベット仏教関係者なんですが、どちらも独身の誓願を立てている人たちで、「神仏に帰依して人々を救う」という決意と、自分の「個人としての家庭の団欒や子孫を残すことはしない」という決意とがペアになっているのを見ると、自然とリスペクトの念がわきます。

もちろん家庭を持たれていても宗教的使命を遂行する人もいれば、独身でも俗な欲望にまみれている人もいるわけですが、何につけ、禁欲的に専念しているタイプの人には惹きつけられます(自分がそうじゃないからかもしれませんが)。

カトリックの宣教会のヨーロッパ系の神父さんなどで、若い時からずっと日本に来て、カトリックの少ない日本に骨をうずめたいという方たちにも感心します。

昨年お亡くなりになったネラン神父さまのようにリタイアしてから新宿にバーを開いてサラリーマンに寄り添った人もいるくらい(ネランさんについてブログで書いたことがあります。http://spinou.exblog.jp/15666988/ )で、みなユニークで、それなのになんだか波長が日本人っぽくなっていて親しみやすいですね。

ただ、出会いというもの、人柄というものはすごく大事なので、チベット仏教では一人のラマ(指導僧)につくのですが、10年間は、自分に合わなければ替えていいそうです。

いいかえると、10年くらいのスパンで見ていかないと、本当に自分にとって霊的な指導者になってもらえるかという大切なことの見極めはつかないかもしれないということです。

まあ結婚などでも、一目ぼれで何十年も幸せに添い遂げる人もいるのですから、これは運命かもしれません。

シャンタルだって、運命の人フランソワ・ド・サルに惹かれながら、別に告解僧もいたし、なかなか特別な関係に入れなかったですよね。試練があった方が本物の気持ちを確かめられるかもしれません。

ある程度の年配になるとずっと何かの仮面をかぶってきたり何者かの振りをしてきたりしたような人たちにはそれなりの不透明さが出てくるように思います。

そうでない人は年を重ねるごとに生まれるある種のシンプルさによって信頼感をそそってくれます。

「この人の信じている神さまなら信じてもいいな」と思えることもあるでしょう。

ただ、「理想的な男性を求める」的な惹かれ方は、あまり深入りすると失望したり、相手を困らせたりするかもしれませんから、気をつけた方がいいかもです。

あまりアドバイスになってませんが、ケースバイケースだということで、ひとまずこの辺で。

ヴィジョン

リジュー · 2013-02-06 23:03:24 UTC+9 · 投稿 #675

竹下様初めまして。以前「聖女伝」を読ませて頂きいろいろ考えました。興味深かったのは、フランソワ・ド・サルとジャンヌ・ド・シャンタルの出会いです。二人のヴィジョン(召命)が素敵です。私自身は聖人洗礼ですが幼稚園、高校がカトリックで影響うけています。私は神父様に心がいってしまう傾向があり、フランソワとジャンヌのような関係に憧れます。竹下様はこういう二人のヴィジョン(召命)をどう思われますか?神の摂理をどうお考えでしょうか?また神父様にイエス様や世の理想的な男性を求める私は人間的にちょっとかもしれませが、神様に対するいろんな方の考えに興味を持っています。竹下様はカトリックの洗礼は受けられていらっしゃるのかと思っておりますが、(すみませんよく存知あげておらず)以前パリの友人宅に訪問し、教会などいろいろ行きましたが、フランス人のカトリック観は日本人と違いますし、私は宣教師の方の特に深い関心と尊敬のような物を持ってしまいます。どうか竹下様のアドバイスをいただきたいです。