移民の話とサルコジの言い分

移民の話とサルコジの言い分

Sekko · 2006-06-12 01:18:22 UTC+9 · 投稿 #150

ええと、充分想定内ですね。
サルコジが今度の移民法改正について言ってるのは要するにこういうことです。「みなさん、知ってますか? 移民に好かれる先進国のうちで、選択の基準のないのは世界中でフランスだけなんですよ。アメリカもイギリスもカナダもオーストラリアもみんな基準や条件がある。フランスだけが何でもありで、生活保護まで与え、家族を呼び寄せ、そういう移民家族が犯罪の温床になったり国のレベルを下げている。しかも、フランスは、不法移民でも10年住んでいたと証明出来れば労働許可つきの滞在許可を進呈している。これでは不法潜入を罰するどころか報償しているようなもの、こういうのはやめましょう。家族呼び寄せも、政府からの住宅手当や生活手当てなしで自立できている移民労働者だけに限りましょう。国民の税金で養ってもらっている労働者が国からどっと家族を呼ぶなんて変じゃありませんか。フランスに文句があるなら帰ってもらいましょう。あっ、でも労働許可のない不法移民でも、これからはケースバイケースで審査して、きちんと顧客と収入がある技術工とか、学校で優秀な成績を治めている子供とかには正式の書類を出せるように特例を作っていくつもりです。ね、厳しいけれど、人間的、これがサルコジ流ですからね」
近頃、サルコジが極右ル・ペンの外国人狩りのフィールドに侵入し、社会党のセゴレーヌ・ロワイヤルが「家族とか安全」などの保守党フィールドに侵出していると言われてますが、こういう論法はサルコジの典型です。
実際は、10年いればだれでも市民権(労働権)がもらえるというためには、すんでいたことを証明しなくてはなりません。そのためには自分の名で電気代や家賃や住民税を払っていることが必要で、まったくの不法移民の人は、それ自体が難しいのは当然です。学生ヴィザやアーチスト・ヴィザ、ヴィジター・ヴィザなどを更新しつつ、誰かに養われたり自国からの送金などで生活していて10年経過した、という人なら確かに居住者ヴィザをもらえていました。それだけモチヴェーションが高く生活力がある人だといえるので、決して不法に潜入していた根性に報償してもらってるわけではないのですが。サルコジの話だけ聞いてる一般フランス人は、そうか、そいつはひどい、隠れテロリストにどうぞいてくださいというようなものじゃないか、と思うわけです。それに、アメリカだって、不法移民は1100万人と言われていて、そういう人たちが道路にたむろして日雇い仕事場に連れて行くトラックを待っているのは公然の事実で、明らかに不法でも、数が多すぎて、警察も見て見ぬふりです。最近メキシコ国境に軍隊を配して話題になりましたよね。
フランスの問題は、たとえば難民のような人が、難民の認定をしてもらえるまでどうするかというときです。最近話題になったのは、旧ソ連のイスラム圏からの母子で、不倫の子といっしょで、強制送還されたら、シャリア法で母子とも殺されると言うのです。それで、その娘の通っている幼稚園の父兄がその娘を交代でかくまって、官憲からかばいました。あなたたちのやっているのは移民法違反の犯罪ですよ、と言われても、連れて行かれたら殺されると分かっている子供をかばわないのは「危険にある人を助けない罪」を犯していることに充当すると言って、皆一歩も引き下がりませんでした。
カトリック教会などは多くの不法移民の駆け込み寺になっていて、キリスト教の伝統としては、書類がどうとか国籍などは関係なく今ここで困っている人、宿のない人、病気の人、飢えている人、を養うのがイエスに仕えるのと同じだというので、官憲もなかなか手を出しません。そして、義務教育の学校はとにかく、誰でも無条件で無料なので、不法移民の子でも何でもOKなのですね。そして学年の間は就学児の追放はできないので、今、6月の学年末が近づくので、どっと、親とともに強制送還の手続きがなされるわけです。それで、そんな子達の学校の父兄が連帯して、学校に残れるように、なんとか養子手続きなどをしようとかするわけですね。そういう子は要するに学校に通ってみんなに溶け込んでいる子なので、正式移民の子でも不登校で群れをなして麻薬のディーラーになっている子よりも、将来の「共和国市民」として期待され受け入れられているわけです。前にも書きましたが、中国には、12歳くらいの優秀な子を単身フランスに送り込むエージェントがあり、毎日のように子供がパリにつくのが問題になっています。親の分からない未成年であれば、とにかく保護、フランス語を教えて学校に行かせるというのが今のフランスのシステムだからです。「未成年は社会が育てる」という基本があるからです。
考えてみたら、たとえばインドネシアの地震のニュースで、多くの人が義捐金を寄付しているわけですが、あれも、別に国籍と関係ないですよね。書類があろうとなかろうと、今どこかで困っている人の存在を知ったら手を差し伸べるのが当然というコンセンサスがあるわけです。インドネシアの地震の犠牲者を助けるのが当然なら、いわゆる犯罪者でない限り、不法滞在だとか書類がないとかの理由だけで、困っている人を差別するのはおかしい、特に未成年は。というスタンスがあるのだと思います。
カルトなどの問題でも、未成年者の保護というのが絶対の課題であり、問題カルト関係者の子供たちはできるだけ早くカルトから引き離して「共和国市民」に取り込もうというのがフランス風教育社会主義ですね。日本の学校がカルトの子を受入れたがらないのとは逆の発想です。
とにかく自分以外の人が、衣食住や安全などの生存条件を満たされていないということを知った日からは、だれでも人生に影がさすというか、知らない前のようには生きられないように思うんですが。もしも地球が100人の村だったら、とかいう有名な絵本みたいなのがありますよね。あれを読んで、よかった、私は恵まれている、もう贅沢言わずに感謝して生きていこう、と思う人は多いと思いますが、私はなんかもう人生に陰がさしちゃいます。まあ、どちらの場合も「謙虚」ということを覚えるのは貴重ですけど。だって、自分が日本のような国に生れたりフランのような国で暮らしたりしている幸運は、全然自分のメリットと関係ない偶然でしかないですから。
この偶然の前には、「自助努力」「成果主義」なんて何ぼのもの、と思いますね。