あがるまさん
いろいろ情報をありがとうございます。
まあ、無神論について、百科時点にしても意味がないし、できないんで、今回はまず、情報を最低限入れて、編集の仕方でオピニオンを伝えるつもりです。
これは多分今度の本で触れる暇はないですが、たとえば、日本の共産党が、昭和初期とかに一度も、天皇制について無神論的言辞を使っていないのは、「西洋の共産主義=無神論的言辞を弄した擬似宗教」として出発したのとは大分違うなあと感慨深いです。「神仏を信じなくなった」という人は、平安時代にもちゃんと記録があるのですが、神の存在証明がなんとかという発想はやはり、一神教とギリシャ・ローマ世界が出会ったところに生まれた独特の信仰の変種だなあと思います。今のヨーロッパのインテリ世界のデフォルトはアグノスチックであり、無神論は、アメリカでもなければもう意味をなさない感じなんですけど。
日本の「神」は、アニミズム的な自然神が仏教などの影響で図像化されたものと、祖霊信仰が結びついたもので、そこに儒教も関わったので、神としての天皇制も、太陽神や豊穣神と連動した祖霊信仰の一種なので、「存在論」は問題にならないんでしょうか。既成権力の転覆や革命に神がいるとかいないとかいうのって、日本人的には、考えたらすごく不思議ですよね。でも、日本の近代の知識人は、近代西洋思想とセットになった無神論を輸入してるので、そこのところをあまり誰も追及してないみたいなんです。私の考えたいことは、多分、人間精神にとって「自由とは何か」ということです。
あすから留守にしますので、ちょっとお休みします。
まあ、無神論について、百科時点にしても意味がないし、できないんで、今回はまず、情報を最低限入れて、編集の仕方でオピニオンを伝えるつもりです。
これは多分今度の本で触れる暇はないですが、たとえば、日本の共産党が、昭和初期とかに一度も、天皇制について無神論的言辞を使っていないのは、「西洋の共産主義=無神論的言辞を弄した擬似宗教」として出発したのとは大分違うなあと感慨深いです。「神仏を信じなくなった」という人は、平安時代にもちゃんと記録があるのですが、神の存在証明がなんとかという発想はやはり、一神教とギリシャ・ローマ世界が出会ったところに生まれた独特の信仰の変種だなあと思います。今のヨーロッパのインテリ世界のデフォルトはアグノスチックであり、無神論は、アメリカでもなければもう意味をなさない感じなんですけど。
日本の「神」は、アニミズム的な自然神が仏教などの影響で図像化されたものと、祖霊信仰が結びついたもので、そこに儒教も関わったので、神としての天皇制も、太陽神や豊穣神と連動した祖霊信仰の一種なので、「存在論」は問題にならないんでしょうか。既成権力の転覆や革命に神がいるとかいないとかいうのって、日本人的には、考えたらすごく不思議ですよね。でも、日本の近代の知識人は、近代西洋思想とセットになった無神論を輸入してるので、そこのところをあまり誰も追及してないみたいなんです。私の考えたいことは、多分、人間精神にとって「自由とは何か」ということです。
あすから留守にしますので、ちょっとお休みします。