ナポレオンとミッテラン

ナポレオンとミッテラン

sekko · 2017-11-26 02:30:22 UTC+9 · 投稿 #1026

そうですね。権力者は嫌いだけれど「権威」は好きっていうのはベースにあって、だから王権神授説があれほど有効だったんでしょうね。その権力者を引きずり降ろして「権威」をはぎ取って、そのもとにあったカトリック教会を「排除」したけれど、後は「権力」の暴走が起こったので、結局また「権威」をまとうことにしたのがナポレオンだったり、第五共和制だったりというところでしょうか。
マクロンがいまだに、外交の舞台としてエリゼ宮だのベルサイユ宮だのルーブル宮などを使い回していることについて、その「国威」を自分たちのもののように思って満足しているという点では、確かに「フランス人が権威をリスペクトする」のは分かります。
彼らは総論賛成、各論反対、というか、フランスの国威は好きだけれど、生身の権力者は嫌いなんですね。まあそれは健全だと思います。どんな国の独裁者もはじめは民衆の理想を体現していたのが自分を偶像化することに落ち着くようですから。
ミッテランもヴィシィ時代の闇から、社会党政権の初めの希望と改革、そしていつの間にかお飾りになってしまったのですが、事実上の権力を失ったからこそ「フランス伝説のひとつの落としどころ」になったのかもしれません。

ナポレオンについては青土社の『ナポレオンと神』に延々と書いたのでそちらをお読みください。

権力抜きで権威だけがリスペクトされたのがジャンヌ・ダルクと聖母マリア(ノートルダム)かもしれません。

ジャンヌ・ダルク、ルイ14世、ナポレオンという3人の怪物について独自の視点から書きたいというのが昔からの考えでしたが、まだルイ14世だけが残っています。

個人的には、権力も権威も敬して遠ざける、ようなスタンスなので私はやはり「日本人」なのでしょうね。