まとまりない長文でごめんなさい!

まとまりない長文でごめんなさい!

phantom · 2009-01-22 18:50:29 UTC+9 · 投稿 #505

こんにちは、ご返事いただきありがとうございます!
追加記事、早速拝読させていただきました。
「ポジティブさへの称揚がそうでない人のいじめになる」。
カトリック生活2月号の竹下さんの記事(こちらも途中で涙が出そうに・・・)の、アンチエイジングについての文章と併せて考えさせられました。女性ならアンチエイジングの理念は大いに共感するところではありますが、ではそうではない人、例えばエイジングした人はその
理念の下ではどう見なされるのか?いじめとはまさにこのことですね。

人間社会の中ではいじめ問題は必ず起こりうるものですが、日本のそれは
村社会であったがゆえに「他者との違い」から生じるものであったように思えます。
ただ、最近は竹下さんが仰るように、それに加えて「ポジティブさの称揚」
という概念の裏返しとしての差別、いじめが増えたように感じられます。
(いじめといっても、今までのものとは違い、直接的に悪意が向けられているのではなく
言葉の裏側に弱者を貶める意が込められたものですから、いじめとは表現しづらいかもしれませんが)
日本ではアメリカのように自己啓発セミナーなどがそれほど盛んではありませんが、
それでも「勝ち組、負け組み」「自己実現」に関する書籍が増え、また大いに
売れている事を考えると、やはり近年急激に浸透してきた概念ではないでしょうか。

人間だから、もちろん高収入であったり、容姿が優れていたり、非常な健康体であったり
その他諸々、他者と自分を比べてしまうことはあると思います。
ただそれを声高にメディアが称賛する事が怖いと感じます。そこには無邪気な子供が
他人に面と向かって「おじさんはハゲてるね」と口にするような悪意なきゆえに
より一層相手を突き刺すような攻撃性があるからです。

具体的な解決策なんてないことですが、「セレブ」だとか「リュクス」なんて
夢見心地に口にしていないで、一人でも多くの人がこういったことがいかに
残酷で子供じみていることかに気付いてくれればと願っています。まずは身近なことから、私達がそのように生きて、周りをそのように見回して、
「そうではない人」と「切り捨てられた人」と普通の顔をしながら生きて行きたいですね。
竹下さんがブログなどでこういった話題を取り上げ、発言をしてくださることで
どれだけの人間が救われていることか。言葉って強い力ですね。

追伸、私も年末年始バリ島に行ってました!
同じくバロンダンスやケチャックを堪能して参りました。
ケチャック、実際自分がやったらエクスタシー状態に入りそうで
気持ち良さそうだな~と思いました。思っていたよりも娯楽性が高く、
演劇として純粋に楽しかったです。しかしああいうものを見ていると
宗教においてトランス状態に入るというのは万国共通なんだなーと感慨深かったです。
その状態において人間は神の現存を体験し、交信できるというのならば、
ユングの言うところの集合的無意識なんていう言葉が妙に納得できますね。
人間って頑張れば宗教も人種も超えて平和に生きて行けるんじゃないかなーと希望すら感じます。