都市と農村

都市と農村

迷える大羊 · 2012-02-10 12:44:52 UTC+9 · 投稿 #672

たびたび、すみません。「戦前・戦後ワールド」の話の続きですが・・。戦前・戦後世界と現代日本の際立った違いの一つに、戦前・戦後世界は現代とは比べものにならない「格差社会」だったこと。都市と農村、富裕層と貧困層、大企業と中小企業、地主と小作人・・などなどあらゆるところで格差があったのですが、今回、お話させていただきたいのは「都市と農村」の格差です。

1930年(昭和5年)、前年に勃発した世界大恐慌に加え、悪いことにこの年、米は全国的に記録的な大豊作。さらに不景気の影響で、米と並ぶ農村の産品だった繭の価格が大暴落。農家からすれば、生産費の回収もままならず、特に東北地方など、貧困のどん底に落ちた農家が続出。農村では学校に弁当を持ってこられない「欠食児童」とか、都市部の風俗産業に身売りする娘が続出、という悲惨な例が連日、新聞に報道されてます。

ところが、皮肉なことに消費者である大都市住民にとってはこれは朗報で、当時の都市部の過程は家計の2割を米購入に支出していたところが、その支出が大幅に圧縮されたわけですし。
確か山本七平氏の著作だったかエッセイだったかに「後々まで母は、あのころ(昭和初期)が一番生活が楽だった、といっていた。収入が変わらないなら食糧、衣料の大幅値下がりは主婦にとって楽だったはずである」って記述をみた覚えがあります。もちろん、大都市のサラリーマンだって、不景気による減俸という「被害」を蒙ってはいるのですが、農村に比べればはるかにマシ、失業さえしなければ、生活はむしろ楽になりさえした、という面があったようで・・。
記録をあたると、こんな時期でも日本郵船だとか阪神、阪急・・といった大企業はボーナス2か月分は出てるんですよね・・羨ましい。
もちろん、こういう格差に対しては問題視する人は多く、経済評論家の高橋亀吉氏は東洋経済新報誌上で「農民の悲惨な生活を踏み台にして安い農産物を手に入れようなどと考えることは、鬼のような心でなくてはできない・・」と批判していましたが。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%A9%8B%E4%BA%80%E5%90%89

都市部出身者で戦時中、地方、農村部に疎開して現地の学校でイジメられた、とか戦後の食糧難の時期に、農家に農産物の買い出しにいって、持参したものを二束三文で買いたたかれた挙句、でかい態度をとられたことを、つらい思い出、イヤな思い出として語る人が多いけど、戦前期のこういう社会状況をみれば、農村部や地方の住民が大都市の住民に屈折した感情をもつのも無理ないような気がします。
あと、戦後の、主に地方出身の保守系政治家による「利益誘導」も一概に悪いともいえないような気が。いえ、別にイジメや買いたたき、金権・利権政治を弁護するわけじゃないんですけども・・。

戦前期の日本社会は都市部と農村部では生活水準とか経済水準に途方もない格差が存在していたわけですが、戦後になっても、昭和40年くらいまでは、地方の中卒者が都市部へ「集団就職」してくる、とか「出稼ぎ」があったりで、それなりに格差が存在し、一つの国に違った人種が存在するかような格差が無くなったのは、高度経済成長期以後、のことだと思うのですが、実際どうでしょう?。

あと昭和30年代の都市と農村の状況はどうだったのでしょう?具体的には、大都市出身者と地方、農村部出身者で明らかに生活水準、生活感覚、経済状況、大げさにいえば文化に差異がある、と感じることは多かったですか?
それとも、収入面はともかく、そのころには生活感覚面での落差、みたいなものは大分無くなっていましたか?これまた、リアルタイムの話が聞きたいところです。