jpakayuki さま
『自由人イエス』のご愛読ありがとうございます。
この図像の適当なものをネットで拾ってリンクしようとしたのですが、いいものが見つかりませんでした。ごめんなさい。またさがしてみます。
この擬人化された「misericorde (慈悲)」と「justice(正義)」の対決というテーマそのものは、中世を通じてかなり根強かったもので、世俗の犯罪の裁きにも、王がかなりの「恩赦」をしていたようです。
あまりにもそれが行き過ぎて「慈悲」は「不正」の同義ではないかという意見もあったようです。犯罪の被害者の家族などが抗議するなど。
そういう話は、私は
Claude Gauvard, 『 Crime, État et Société en France à la fin du Moyen Âge 』(中世末のフランスにおける犯罪と国家と社会)という本で読みました。今この本はネットで閲覧できるようです(フランス語ですが)。そこに「慈悲と正義」の章があります。
どちらにしても、図像も、悪魔に身代金を払う図像ではなくて、「慈悲」と「正義」の対決の図です。両方とも女性名詞なので女性の姿だと思います。
この掲示板を見ている方で適当な図像をご存じの方は教えてください。
でも、改めて考えると、確かに、「正義」の反対が「不正」ではなくて「慈悲」であるというのもなかなか含蓄のある話ですね。正義による裁きだけだと、結局誰一人救われないのかもしれません。
この図像の適当なものをネットで拾ってリンクしようとしたのですが、いいものが見つかりませんでした。ごめんなさい。またさがしてみます。
この擬人化された「misericorde (慈悲)」と「justice(正義)」の対決というテーマそのものは、中世を通じてかなり根強かったもので、世俗の犯罪の裁きにも、王がかなりの「恩赦」をしていたようです。
あまりにもそれが行き過ぎて「慈悲」は「不正」の同義ではないかという意見もあったようです。犯罪の被害者の家族などが抗議するなど。
そういう話は、私は
Claude Gauvard, 『 Crime, État et Société en France à la fin du Moyen Âge 』(中世末のフランスにおける犯罪と国家と社会)という本で読みました。今この本はネットで閲覧できるようです(フランス語ですが)。そこに「慈悲と正義」の章があります。
どちらにしても、図像も、悪魔に身代金を払う図像ではなくて、「慈悲」と「正義」の対決の図です。両方とも女性名詞なので女性の姿だと思います。
この掲示板を見ている方で適当な図像をご存じの方は教えてください。
でも、改めて考えると、確かに、「正義」の反対が「不正」ではなくて「慈悲」であるというのもなかなか含蓄のある話ですね。正義による裁きだけだと、結局誰一人救われないのかもしれません。