小寄道さま
全然重たい「爺」じゃないですよ。
私が脳内おともだちと思ったのは、ブログを拝見して、小寄道さまの考えることと口に出すことと書くこととがそれぞれ軽々と連携している感じがしたからです。もう一方の「爺」さまのブログなどは事情がおありなのでしょうがとてもガードやハードルが高くておそれをなして近づけませんが、小寄道さんって、書いていらっしゃることと似ている方だろうなあ、と思ったので。
前のブログを400ページの本にしてみた、とかいうのも、私もしそうだなあと思ったり。
せっかくの「幻想」を砕いて申し訳ありません。でも「スピヌー教」からは離反しないでくださいね。スピヌーのためなら母性愛でもなんでも動員します。
発想がエロおやじというより、猫に対しては当然エロという感覚は1ミリもないので、逆に、若い女性に猫好きと同じ反応をする「エロおやじ」も、実はエロでなく、かわいくて触りたいだけの場合もあるんじゃないかなあ、と思ったんです。
私も赤ちゃん、子供、若い女性などに猫と同じように触りたいと思う時があります。自分が女性だから、よその子を抱き上げても若い女性をじっくり眺めても怪しまれないのは特権です。それは今まで私が書いてきた「聖女たち」への視線も同じで、しつこく付きまとってもいかがわしいとみられないのは便利です。
日本では、若い頃は似たような人たちにばかり囲まれていましたが、フランスに来てから、日本ではまったく付き合うことがなかっただろうようなさまざまな日本人と、日本人だというだけで付き合い、いろいろな友達もいます。同世代なのに、子供時代の風景が全く違うこともありますが、気が合うかどうかはまったく別問題です。
ネットで日本人のさまざまなブログなどを読むようになってからは、また異文化に驚いています。主婦ブログとか子育てブログとかの中のメンタリティに衝撃をうけたり。その中で猫マニアのブログは安心して鼻の下を長くして読めるんですよ。
小寄道さんの最大の幸運は奥さまじゃないかと勝手に想像します。
ひょっとしてしっかり「世話」していただいているのでは?
「世話する」ことと愛情がセットになっている人は男性にもいますよ。「母性愛遺伝子」というのは男も女も関係なくある人にはある、というのが私が気づいたことなのです。
もちろん、「遺伝子」がなくても「獲得形質としての母性愛」を養う人もいますけれど。
おしゃべりは気晴らしになるので気軽にどうぞ。
私が脳内おともだちと思ったのは、ブログを拝見して、小寄道さまの考えることと口に出すことと書くこととがそれぞれ軽々と連携している感じがしたからです。もう一方の「爺」さまのブログなどは事情がおありなのでしょうがとてもガードやハードルが高くておそれをなして近づけませんが、小寄道さんって、書いていらっしゃることと似ている方だろうなあ、と思ったので。
前のブログを400ページの本にしてみた、とかいうのも、私もしそうだなあと思ったり。
せっかくの「幻想」を砕いて申し訳ありません。でも「スピヌー教」からは離反しないでくださいね。スピヌーのためなら母性愛でもなんでも動員します。
発想がエロおやじというより、猫に対しては当然エロという感覚は1ミリもないので、逆に、若い女性に猫好きと同じ反応をする「エロおやじ」も、実はエロでなく、かわいくて触りたいだけの場合もあるんじゃないかなあ、と思ったんです。
私も赤ちゃん、子供、若い女性などに猫と同じように触りたいと思う時があります。自分が女性だから、よその子を抱き上げても若い女性をじっくり眺めても怪しまれないのは特権です。それは今まで私が書いてきた「聖女たち」への視線も同じで、しつこく付きまとってもいかがわしいとみられないのは便利です。
日本では、若い頃は似たような人たちにばかり囲まれていましたが、フランスに来てから、日本ではまったく付き合うことがなかっただろうようなさまざまな日本人と、日本人だというだけで付き合い、いろいろな友達もいます。同世代なのに、子供時代の風景が全く違うこともありますが、気が合うかどうかはまったく別問題です。
ネットで日本人のさまざまなブログなどを読むようになってからは、また異文化に驚いています。主婦ブログとか子育てブログとかの中のメンタリティに衝撃をうけたり。その中で猫マニアのブログは安心して鼻の下を長くして読めるんですよ。
小寄道さんの最大の幸運は奥さまじゃないかと勝手に想像します。
ひょっとしてしっかり「世話」していただいているのでは?
「世話する」ことと愛情がセットになっている人は男性にもいますよ。「母性愛遺伝子」というのは男も女も関係なくある人にはある、というのが私が気づいたことなのです。
もちろん、「遺伝子」がなくても「獲得形質としての母性愛」を養う人もいますけれど。
おしゃべりは気晴らしになるので気軽にどうぞ。