誤解
いやー、誤解でしたね。
「巷にあふれるいい加減な話をまず出してから真相に迫る」というコンセプトでしたか!
でも、国立図書館といえばアカデミズムの一翼を担っています。なぜ、そんな搦め手のような手順なのだろうか。
私の第一印象はこうです。
フリーメイスンの300年の歴史を回顧するような企画展であるから、多様な切り口で様々なディスプレーがある。
その一つとして、万人受けするようなカリカチュアで、あえてポップなコラージュも展示した。
「巷にあふれるいい加減な話」に、法王やドイツの元首に登場させるというメンタリティーは、日本人の私にはとても理解できません。
つまり、懐ふかいというか、興味本位だけでフリーメイスンを紹介しても、なにも動じることはないものだと、かん違いしてしまいました。
教えていただきたいのですが、フリーメイスンをあまり知らない西欧の学生がいたとして、この展示をみてどんな感想をもつと思いますか?
国立図書館がなぜ、観客の好奇心をかきたてフリーメイスンの歴史の真相に迫るのか。
やはり一般の人の認識の齟齬とか、意識の乖離があるのでしょうか。
『フリーメイスン』を読み終えたのですが、しっかり読んだとはいえなくなりました。他のご著書も読んで、それからブログなぞに書きたいと存じます。
たいへんご迷惑をおかけしました。
「巷にあふれるいい加減な話をまず出してから真相に迫る」というコンセプトでしたか!
でも、国立図書館といえばアカデミズムの一翼を担っています。なぜ、そんな搦め手のような手順なのだろうか。
私の第一印象はこうです。
フリーメイスンの300年の歴史を回顧するような企画展であるから、多様な切り口で様々なディスプレーがある。
その一つとして、万人受けするようなカリカチュアで、あえてポップなコラージュも展示した。
「巷にあふれるいい加減な話」に、法王やドイツの元首に登場させるというメンタリティーは、日本人の私にはとても理解できません。
つまり、懐ふかいというか、興味本位だけでフリーメイスンを紹介しても、なにも動じることはないものだと、かん違いしてしまいました。
教えていただきたいのですが、フリーメイスンをあまり知らない西欧の学生がいたとして、この展示をみてどんな感想をもつと思いますか?
国立図書館がなぜ、観客の好奇心をかきたてフリーメイスンの歴史の真相に迫るのか。
やはり一般の人の認識の齟齬とか、意識の乖離があるのでしょうか。
『フリーメイスン』を読み終えたのですが、しっかり読んだとはいえなくなりました。他のご著書も読んで、それからブログなぞに書きたいと存じます。
たいへんご迷惑をおかけしました。