大羊さんへ
私は身近にはフランスの例しか分からないので、これを読んでる方のなかで、カトリックとノン・カトのカップルの方やカトリックで離婚された方がいらっしゃれば情報ください。
私の知ってるフランスの例では、カトリックで、法律的に離婚した女性で、聖餐を続けられるように再婚しないという人がいます。つまり宗教の秘蹟としての結婚は生きているので(取り消しは結構手続きが大変なので)、法律上再婚しなければ、不倫の立場に陥らないそうです。それで、いったん離婚したら、後は事実婚だけ、で教会には行き続けているわけです。もちろん教会法にのっとった結婚取り消しがない限り、秘蹟としての結婚はもうしてもらえません。
欺瞞じゃないかと思われるでしょうが、大半のフランス人は、洗礼を受けていても、教会に定期的には出入りしてないので、離婚したら教会とも縁が切れます。でも再婚で生まれた子に洗礼を受けさせるのは可能です。不倫で生まれた子になりますが、子には罪はないので。再婚しないで教会に行き続けている人はミサにあずかることにそれだけこだわっているわけですから、本当は別の相手と暮らしてるだろう、とか勘ぐられて追い出されることはありません。そんなことしたら誰もいなくなります。今の教皇は離婚者の聖体拝領OKの方向で動いてるようですから、実際、緩和されるでしょう。DVの被害を受けて離婚する女性などは確かに被害者であって、教会から罪人あつかいされると困ります。聖体拝領は、資格の問題ではなくて「必要」の問題だから、といわれるのを聞きました。絶望した人の「緊急避難」としての聖体拝領は、責められません。まあ、法律婚した後で、教会で結婚しようという人は、神を仲人にしようと思うわけですから、結婚生活で何か困難に出会った時、二人で仲人に相談、という初心に帰る方法ができます。
カトリックの結婚式は、その前に何度か通って、結婚についてのレクチャーを受けることが課せられているので、それなりの覚悟や準備もできますから、悪くはないと思います。片方がカトリックでない場合は、生まれる子供はカトリックの教育を受けさせるという夫婦の合意に署名させられるケースもあります。でも、なんというか、少なくともフランスでは、老舗の伝統宗教なので割と大まかです。特に都会ではコミュニティ感があんまりないので。離れても追ってこないのは確かです。他の宗派間の結婚は昔はややこしかったのですが一時楽になり、今また他宗派との共同ミサは認めないとか、保守化も一部始まっています。
日本ではキリスト教はマイノリティだし、それだけに同じ教会に属する人の共同体意識も強くて、離婚などで「肩身の狭い思い」とかが出てくるのかどうか、私にはよく分かりません。
今は自殺者は全然ペナルティがないです。立派な葬儀ミサも可能です。まあ、自殺はやめて下さい。離婚は相手のあることなので、自分の努力だけではどうにもならないケースがありますけど、自分の生殺与奪の権力への誘惑には負けないでください。もちろん病気その他で判断力がなくなり、衝動的に自殺ということはあっても、それは事故みたいなもので、残された人があまり罪の意識にとらわれないように願います。キリスト教によって、「自分の主人は自分ではなくて、命は神から授かった不可侵のものだ」と思うことで少しでも自傷や自死の歯止めになるのならいいのですが。
神父、信徒の高齢化、これは難しい問題ですが、ゼロになって「営業停止」ということにはならないでしょう。中南米やアフリカではカト人口も増えているので、外国人神父の「調達」というのは必ず可能ですし。そういう「開かれたコミュニティ」に向かっていくほうが健全ですし、ユニヴァーサルなところがカトリックの魅力でもありますから。
でもフィアンセの方が福音派ということですが、今の日本で若い方が福音派というのはこだわりが大きいと思うので、大羊さんの感覚や考えが合わない場合、将来それがつまずきにならないようにちゃんと話し合っておいた方がいいと思います。ちゃんとした宗教には必ず「利他」とか「自己犠牲」の要素が入ってるはずで、結婚にもそのテイストが必要ですから、互いがそういう感覚を持つのは結婚がうまくいく秘訣かもしれませんし。以上、とりあえず書いてみました。
私の知ってるフランスの例では、カトリックで、法律的に離婚した女性で、聖餐を続けられるように再婚しないという人がいます。つまり宗教の秘蹟としての結婚は生きているので(取り消しは結構手続きが大変なので)、法律上再婚しなければ、不倫の立場に陥らないそうです。それで、いったん離婚したら、後は事実婚だけ、で教会には行き続けているわけです。もちろん教会法にのっとった結婚取り消しがない限り、秘蹟としての結婚はもうしてもらえません。
欺瞞じゃないかと思われるでしょうが、大半のフランス人は、洗礼を受けていても、教会に定期的には出入りしてないので、離婚したら教会とも縁が切れます。でも再婚で生まれた子に洗礼を受けさせるのは可能です。不倫で生まれた子になりますが、子には罪はないので。再婚しないで教会に行き続けている人はミサにあずかることにそれだけこだわっているわけですから、本当は別の相手と暮らしてるだろう、とか勘ぐられて追い出されることはありません。そんなことしたら誰もいなくなります。今の教皇は離婚者の聖体拝領OKの方向で動いてるようですから、実際、緩和されるでしょう。DVの被害を受けて離婚する女性などは確かに被害者であって、教会から罪人あつかいされると困ります。聖体拝領は、資格の問題ではなくて「必要」の問題だから、といわれるのを聞きました。絶望した人の「緊急避難」としての聖体拝領は、責められません。まあ、法律婚した後で、教会で結婚しようという人は、神を仲人にしようと思うわけですから、結婚生活で何か困難に出会った時、二人で仲人に相談、という初心に帰る方法ができます。
カトリックの結婚式は、その前に何度か通って、結婚についてのレクチャーを受けることが課せられているので、それなりの覚悟や準備もできますから、悪くはないと思います。片方がカトリックでない場合は、生まれる子供はカトリックの教育を受けさせるという夫婦の合意に署名させられるケースもあります。でも、なんというか、少なくともフランスでは、老舗の伝統宗教なので割と大まかです。特に都会ではコミュニティ感があんまりないので。離れても追ってこないのは確かです。他の宗派間の結婚は昔はややこしかったのですが一時楽になり、今また他宗派との共同ミサは認めないとか、保守化も一部始まっています。
日本ではキリスト教はマイノリティだし、それだけに同じ教会に属する人の共同体意識も強くて、離婚などで「肩身の狭い思い」とかが出てくるのかどうか、私にはよく分かりません。
今は自殺者は全然ペナルティがないです。立派な葬儀ミサも可能です。まあ、自殺はやめて下さい。離婚は相手のあることなので、自分の努力だけではどうにもならないケースがありますけど、自分の生殺与奪の権力への誘惑には負けないでください。もちろん病気その他で判断力がなくなり、衝動的に自殺ということはあっても、それは事故みたいなもので、残された人があまり罪の意識にとらわれないように願います。キリスト教によって、「自分の主人は自分ではなくて、命は神から授かった不可侵のものだ」と思うことで少しでも自傷や自死の歯止めになるのならいいのですが。
神父、信徒の高齢化、これは難しい問題ですが、ゼロになって「営業停止」ということにはならないでしょう。中南米やアフリカではカト人口も増えているので、外国人神父の「調達」というのは必ず可能ですし。そういう「開かれたコミュニティ」に向かっていくほうが健全ですし、ユニヴァーサルなところがカトリックの魅力でもありますから。
でもフィアンセの方が福音派ということですが、今の日本で若い方が福音派というのはこだわりが大きいと思うので、大羊さんの感覚や考えが合わない場合、将来それがつまずきにならないようにちゃんと話し合っておいた方がいいと思います。ちゃんとした宗教には必ず「利他」とか「自己犠牲」の要素が入ってるはずで、結婚にもそのテイストが必要ですから、互いがそういう感覚を持つのは結婚がうまくいく秘訣かもしれませんし。以上、とりあえず書いてみました。