フランスでも
福音派は若者が多いんですね。私はその考え方に馴染めず、離れましたが、すべてがイヤなのか、というとそんなことはなくて、先ほども書きましたが、新参者に対する対応ですとか、聖職者と信徒間のコミュニケーションなどは伝統的教会より熱心で上手ですよね。
仮に孤独感や挫折感に悩んでいる、落ち込んでいる若者がいたとして、訪ねても黙って放っておかれ、聖職者は遠くから仰ぎみるだけって感じの教会と積極的に迎え入れ、話を聞いてくれる教会があれば、どちらに安心感、居心地のよさを覚えるかって問題ですよね。少々おかしなことをいっていても居心地が良さそうなところ、楽しそうなところに流れるのではないかなぁ、って気がします。
もちろん、これには個人差があって、私なんかはちょっと様子をみにきただけなのに、あれこれ聞かれたり、礼拝の最中に紹介されたりなんかするのは煩わしいですし、変に熱いのも、なんだかうっとおしく感じるタイプです。
あとカトリックの場合、教会一つあたりの信者数がとにかく多いので、一人一人いちいち相手にしていられないって問題もあるでしょう。カトリックや伝統的教会で聖職者とじっくり話そうとすると、ある程度厚かましさが必要だな、と感じました。フランスの場合は存じませんが。
>清濁、合理、神秘を併せ呑む
そうですね、それがカトリックの魅力ですね。ラテン語OKのベネディクト16世とロック・ミサ神父のコラボレーションですか?みてみたいものですね~。そういうカトリックの層の厚さ、幅の広さみたいな長所が日本でも広く一般に知られるといいですね。私自身、キリスト教に関わる以前は、カトリック?旧教だろ?なんか自殺すると村八分に遭う、恐ろしく保守的な教団だろ?みたいなイメージというか偏見ありましたから。
>「ジーザスキャンプ」
これもみてみたい。怖いものみたさ、っていうかなんというか(笑)。しかし、今のアメリカはこの手のクリスチャンが結構な勢力があるみたいで、笑うに笑えない状況らしいですね。
>独身制
なんだか批判がましく聞えることを述べてしまいましたが、聖職者の独身制は広く宗教全体を見渡せば普通の考え方なのかもしれませんね。プロテスタントの牧師は建前の上では聖職者ではなく、あくまで「信徒代表」だから妻帯OKなんですよね?確か。
仏教も本来、僧侶、聖職者は独身でなければならないはずですけどね。明治になって政府より、僧侶も妻帯して良い、となると皆こぞって結婚しちゃったけど、教義の上で結婚OKなのは確か浄土真宗だけであるはずです。
カトリックの第二バチカン公会議みたいなことをやってこれからは結婚してもいい、という教義を打ち立てたならわかりますが、なし崩しに「お上がいいっていってるもん」てな感じで結婚OKになっちゃうのはいかにも日本的と思うのは私だけでしょうか?
独身だと孤独感がだとか、異性欲などの煩悩をどう克服する、なんて低次元な発想をしてしまう私は俗人中の俗人、信仰というものがわからない、宗教に向いていない人間なのかな、と己の「罪深さ」をちょっぴり反省してしまいました。
仮に孤独感や挫折感に悩んでいる、落ち込んでいる若者がいたとして、訪ねても黙って放っておかれ、聖職者は遠くから仰ぎみるだけって感じの教会と積極的に迎え入れ、話を聞いてくれる教会があれば、どちらに安心感、居心地のよさを覚えるかって問題ですよね。少々おかしなことをいっていても居心地が良さそうなところ、楽しそうなところに流れるのではないかなぁ、って気がします。
もちろん、これには個人差があって、私なんかはちょっと様子をみにきただけなのに、あれこれ聞かれたり、礼拝の最中に紹介されたりなんかするのは煩わしいですし、変に熱いのも、なんだかうっとおしく感じるタイプです。
あとカトリックの場合、教会一つあたりの信者数がとにかく多いので、一人一人いちいち相手にしていられないって問題もあるでしょう。カトリックや伝統的教会で聖職者とじっくり話そうとすると、ある程度厚かましさが必要だな、と感じました。フランスの場合は存じませんが。
>清濁、合理、神秘を併せ呑む
そうですね、それがカトリックの魅力ですね。ラテン語OKのベネディクト16世とロック・ミサ神父のコラボレーションですか?みてみたいものですね~。そういうカトリックの層の厚さ、幅の広さみたいな長所が日本でも広く一般に知られるといいですね。私自身、キリスト教に関わる以前は、カトリック?旧教だろ?なんか自殺すると村八分に遭う、恐ろしく保守的な教団だろ?みたいなイメージというか偏見ありましたから。
>「ジーザスキャンプ」
これもみてみたい。怖いものみたさ、っていうかなんというか(笑)。しかし、今のアメリカはこの手のクリスチャンが結構な勢力があるみたいで、笑うに笑えない状況らしいですね。
>独身制
なんだか批判がましく聞えることを述べてしまいましたが、聖職者の独身制は広く宗教全体を見渡せば普通の考え方なのかもしれませんね。プロテスタントの牧師は建前の上では聖職者ではなく、あくまで「信徒代表」だから妻帯OKなんですよね?確か。
仏教も本来、僧侶、聖職者は独身でなければならないはずですけどね。明治になって政府より、僧侶も妻帯して良い、となると皆こぞって結婚しちゃったけど、教義の上で結婚OKなのは確か浄土真宗だけであるはずです。
カトリックの第二バチカン公会議みたいなことをやってこれからは結婚してもいい、という教義を打ち立てたならわかりますが、なし崩しに「お上がいいっていってるもん」てな感じで結婚OKになっちゃうのはいかにも日本的と思うのは私だけでしょうか?
独身だと孤独感がだとか、異性欲などの煩悩をどう克服する、なんて低次元な発想をしてしまう私は俗人中の俗人、信仰というものがわからない、宗教に向いていない人間なのかな、と己の「罪深さ」をちょっぴり反省してしまいました。