目にみえないもの
今「博士の愛した数式」テレビで見おわつたところです。そのなかで「一直線」というのがありました。線分は実は永遠につづく目にみえないものの一部分なのだ、というんですね。イエスは線分、神は永遠。その二つは一つ。でも神は永遠。イエスは永遠で有限。有限が無限と一体。これこそ、考えるに値するテーマですね。三位一体のような判りにくいものをまじめに考えつづけてきたヨーロツパの知性にこちらもまじめにとつくんでみてやろう、とかんがえるのも面白いかもしれません。
カトリツクは人間関係がややこしかつたら、よその教会のミサにゆけばいいという逃げ場所があります。私の知人はキリスト教会でいじめにあつて、よそにゆきましたが、そこでもまたいや・・・な目にあつて、もうどこにいつたらいいんかわからん・・となげいていました。どこの教会にも出入りできるつて、すごいことなんですよね。
あんとに庵さんがはいつてくださつたおかげで大羊さんは、ものがいいやすくなられたみたい。あんとに庵さんて、ブログでもこの魅力ありますね。大羊さんもお邪魔してください。
ではお休みなさい。
カトリツクは人間関係がややこしかつたら、よその教会のミサにゆけばいいという逃げ場所があります。私の知人はキリスト教会でいじめにあつて、よそにゆきましたが、そこでもまたいや・・・な目にあつて、もうどこにいつたらいいんかわからん・・となげいていました。どこの教会にも出入りできるつて、すごいことなんですよね。
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