あれこれ

あれこれ

nao · 2007-05-28 20:46:34 UTC+9 · 投稿 #160

竹下先生がお書きくださつたことで、もうなにも書く必要なさそうな気がしているのですが。すこしつづつてみます。まず大羊さんがだされた3ッはどれもYESだしどれも単独ではNOだと思います。つまり理性の範疇を超える問題なので、『信じる』ことしかない。でも復活したイエスから、聖霊が降されて、弟子達が世界中に宣教にむかつたわけですから、これを信じないかぎり、キリスト教徒ではないわけですよね。
じゃあ・・いわしの頭も信心からでいいのか・・いやそういうわけにはいかない。理性が健全でそれを超越した「物語」として、認識できないと、ダメでしょうね。
「信じる」という行為は理性より先にあるし、永遠にもつながるとおもいます。子どもは自分の親を認識するまえに信じているし、親がなくなつても自分をまもつてくれていると、信じていろ。
大体自分という人間が時間的、場所的にこの世にヒトリしかいないつて、信じていますよね。これを疑う人はまずいない。でもホントウにそうなの?信じるしか仕方ないすよね。
復活の体つて、なんだかあるような、ないような、考えてもわかんないから、聖書にかいてあつて、そのことから、キリスト教ができたんなら、信じるほかないですよね。
でも「信じる」ことから、人生が豊かになるし、何よりその「枠」があることで、かえつて自由に生きられるつてことは信仰の強みですね。

文芸春秋special,2007,SummerNo.1 早速買いにゆきました。竹下先生の「スピリチュアルとのつき合い方」とても良くまとめられていて、他の人とくらべて、格段論旨が上だとおもいました。大変参考になりました。大羊さん、是非読んでみてください。今回は「心の時代を生きる」日本人と宗教 になつていて、大特集 あなたは宗教を信じますか? の記事が面白いです。2,3しか読んでいませんが、人は何かを信じることなく、生きられないことだけはよくわかりました。

7つのグループ、面白いですね。私はどのあたりかな?1ではなさそう。1-7、すこしずつ、はいつていそうです。