身もふたも無くて・・・
我が夫婦の仲人をして下さった大学教授、K団の信徒なのですが、大教室での講義の際、「日本人にとってはキリスト教というのは隣の神様だ。クリスチャンでさえ、その感覚が抜けていない。クリ~というのは素晴しい存在だと思い込んでる。歴史上、免罪符やら南米がラテンアメリカと呼ばれるようになったのは何故か、カト~の愚かな行為の故だ。だからってプロ~だってひどいもんだ。英語が世界共通語になっているのは何故か、何故、英語と言われるのか。現代もアメリカって国が世界中でやってる事を考えればすぐ判る。人間なんて本当にしょうもない」と仰いました。当時、求道者でもなかった私ですが、<この方はK団の人だな>とピンと来たものです。 前回、身もふたも無くむしろ、偽悪的なほどの表現を致しましたが、さすが、皆様、真意を汲んでくださいますね。そう、どこまで行っても性悪な生き物なのです、人間は。私は洗礼の際、牧師からは再三に亘って「所詮、人間のする事だから」と言われたものですが、年を重ねるごとにそれを実感します。 料理研究家の小林カツ代さん、ご存知でしょうか?彼女のお話を聞いたことがあるのですが(K団信徒です)お母様からは<キリ~はなんのご利益も無い代わりになんのタタリもない自己満足の宗教>だと言われていたそうです。彼女自身も「クリ~になる、なんて事なかった。何にも変わりません。」と仰いました。実はこのふたつのエピソードは私の中では凄く大きな意味を持つのです。 超・マイノリティーだからか、日本人クリ~、どこか<上から目線>になりがちなのです。選民思想に近いくらいの人も見られます。自分の足元を見据えるためには少し、自虐的なくらいで調度良いのでは・・・・。