よかったですね。
考えれば考えるほど、大切なのは、宗教の差を取っ払った部分のライシテの中での連帯ってことだと思えてきます。
特定の宗教共同体の内部の連帯、なんて、内部には抑圧的に、外部には覇権的または独善的に向かうのがオチだという気がするんです。
宗教や共同体や社会的階層や立場の枠を超えたユニヴァーサルな連帯、それがキリスト教、というか、少なくともイエスが詩心を持って実践しようとしたものですよね、各宗派はそれぞれの歴史的文化的な産物、あるいは政治的、経済的な思惑の表現でしかありません。だれでも社会的存在であることを逃れられないように、各宗派の枠にありながらも、なおかつそれを超えた理念に眼を向けるのは簡単なことではないですが、永遠の課題、でもあります。
特定の宗教共同体の内部の連帯、なんて、内部には抑圧的に、外部には覇権的または独善的に向かうのがオチだという気がするんです。
宗教や共同体や社会的階層や立場の枠を超えたユニヴァーサルな連帯、それがキリスト教、というか、少なくともイエスが詩心を持って実践しようとしたものですよね、各宗派はそれぞれの歴史的文化的な産物、あるいは政治的、経済的な思惑の表現でしかありません。だれでも社会的存在であることを逃れられないように、各宗派の枠にありながらも、なおかつそれを超えた理念に眼を向けるのは簡単なことではないですが、永遠の課題、でもあります。