お忙しいなか、ありがとうございます
ほんと、竹下さんの、著作やサイト、交流作業によって救われている人はたくさんいると思います。
そして、ご返信ありがとうございました。私には、少し難しくて、深くは理解できません。
でも、思い当たる節としては、例えば、日常生活において、紳士的でない邪念(実に、さまざまな形状、種類がありますよね)が脳内に生じたときに、それを打ち消すポジティブな内語をつかうのですが、容易に打ち消せるときはよいとして、身を切るほどつらい、抵抗感のあるケ-スもあります。
まるで、体中に泣きがはいるほどストイックでつらいときもあります、そして、そんなときにオ-ラみたいなものが大きく立ち上がる感じがするのです。つまり、体、精神の根源的なツボにふれて、正解の合図なのかもしれないなどと感じています。
このような、体中に、泣きがはいるほど辛い、身を切るようなポジティブな打ち消しの内語で対処する作業のときに、もしかして、内臓にも泣きの傷が刻み込まれて、刻印されて、それが、その人の身体性に反映され、その変化した身体性から、その人ならではの、独自の言葉、まさに、マニュアルでない、身を削ったエネルギ-のあるい迫力いっぱいの言葉や響き
言霊がうまれてくるのかもしれないと感じました。
少しは、合っているでしょうか? 末永く、よろしくお願いいたします。
そして、ご返信ありがとうございました。私には、少し難しくて、深くは理解できません。
でも、思い当たる節としては、例えば、日常生活において、紳士的でない邪念(実に、さまざまな形状、種類がありますよね)が脳内に生じたときに、それを打ち消すポジティブな内語をつかうのですが、容易に打ち消せるときはよいとして、身を切るほどつらい、抵抗感のあるケ-スもあります。
まるで、体中に泣きがはいるほどストイックでつらいときもあります、そして、そんなときにオ-ラみたいなものが大きく立ち上がる感じがするのです。つまり、体、精神の根源的なツボにふれて、正解の合図なのかもしれないなどと感じています。
このような、体中に、泣きがはいるほど辛い、身を切るようなポジティブな打ち消しの内語で対処する作業のときに、もしかして、内臓にも泣きの傷が刻み込まれて、刻印されて、それが、その人の身体性に反映され、その変化した身体性から、その人ならではの、独自の言葉、まさに、マニュアルでない、身を削ったエネルギ-のあるい迫力いっぱいの言葉や響き
言霊がうまれてくるのかもしれないと感じました。
少しは、合っているでしょうか? 末永く、よろしくお願いいたします。