おめでとうございます。
大羊さま ご結婚おめでとうございます。毎朝、新妻と共にお食事できるのは、新鮮な喜びでしょうね!!大昔をおもいだしますが、私は働き続けていたので、なんだか、バタバタしたことだけが、記憶にあります。教会には行けなくなるし(夫は反対ではないけれど、日曜一人でいることに抵抗しました)さびしかつたことも思いだします。
今日は七・五・三のお祝いのミサでした。子どもが答唱詩篇を歌いました。「世界よ、神に向かつて喜びの声をあげ・・」という詩篇98の歌でした。朗読も子ども。大人よりきれいです。声が若いつて、素敵でした。ミサのあと神父さまから、祝福を受け、メダイを首にかけてもらい、千歳あめの袋に似せて、聖絵がかかれた、お菓子の袋をもらいました。25名くらい。さすがに小学低学年までの子だけでしたが、別に7・5・3歳でなくてもいいようでした。
信仰の入り口は本当に個性的ですね。加賀乙彦さんは「城塞」のなかで臨終のおじさんに「何故神を信じるようになつたのか」について語らせています。「聖書には一つもまちがつたことが書いてない。だから私はイエスの言葉を100%信じようとした。それを信仰の入り口とした」と。遠藤さんは10%の希望にかけた。遠藤さんは加賀さんの代父だつたかな?安岡さんも。男の人つて、自分の意識できめるんだな~とおもいましたね。私は大学生のころ、3年公教要理(当時はカトリツク要理のことを、こうよびました)の勉強をし、わからんとこだらけで、でも「もういいわ、賭けてみよう」と決心して、親の猛反対をおしきつて受洗。今から考えると、私の精神的自立を果たしたわけです。「賭けてみよう」とおもつたのは、神父さまの生き様に心うたれたからかな・・信仰が先にきて、理屈はあとからなんとかなる、と思えたときが決断の時でした。
聖書の言葉はいまでもわからないところだらけです。でも「信仰の書」として、今わからなくても、深い意味があるんだろう、とレスペクトする精神でよんでいます(さぼりですが)
大羊さん 奥様はやはり神様への橋渡しをしてくださつた、大事な方ですね。二重の意味でおめでとうございます。
今日は七・五・三のお祝いのミサでした。子どもが答唱詩篇を歌いました。「世界よ、神に向かつて喜びの声をあげ・・」という詩篇98の歌でした。朗読も子ども。大人よりきれいです。声が若いつて、素敵でした。ミサのあと神父さまから、祝福を受け、メダイを首にかけてもらい、千歳あめの袋に似せて、聖絵がかかれた、お菓子の袋をもらいました。25名くらい。さすがに小学低学年までの子だけでしたが、別に7・5・3歳でなくてもいいようでした。
信仰の入り口は本当に個性的ですね。加賀乙彦さんは「城塞」のなかで臨終のおじさんに「何故神を信じるようになつたのか」について語らせています。「聖書には一つもまちがつたことが書いてない。だから私はイエスの言葉を100%信じようとした。それを信仰の入り口とした」と。遠藤さんは10%の希望にかけた。遠藤さんは加賀さんの代父だつたかな?安岡さんも。男の人つて、自分の意識できめるんだな~とおもいましたね。私は大学生のころ、3年公教要理(当時はカトリツク要理のことを、こうよびました)の勉強をし、わからんとこだらけで、でも「もういいわ、賭けてみよう」と決心して、親の猛反対をおしきつて受洗。今から考えると、私の精神的自立を果たしたわけです。「賭けてみよう」とおもつたのは、神父さまの生き様に心うたれたからかな・・信仰が先にきて、理屈はあとからなんとかなる、と思えたときが決断の時でした。
聖書の言葉はいまでもわからないところだらけです。でも「信仰の書」として、今わからなくても、深い意味があるんだろう、とレスペクトする精神でよんでいます(さぼりですが)
大羊さん 奥様はやはり神様への橋渡しをしてくださつた、大事な方ですね。二重の意味でおめでとうございます。