キリスト教の「救い」とは?

キリスト教の「救い」とは?

迷える大羊 · 2009-08-23 21:51:59 UTC+9 · 投稿 #440

これまで、キリスト教に関して、いろいろ質問させていただきましたが、実はキリスト教に関して一番肝心な部分がどうしても理解できないでいます。

何かといいますと、イエスは救世主、といいますが、一体、何から「救った」のか?ということで。これが私にとってはわかったようで、わかりません。

そりゃまあ、信徒一人一人、個人単位でみれば、いろいろあるでしょう。たとえば肉親が亡くなって悲嘆にくれているところを癒された、とか、信じたら、心が楽になったとか、仕事や人生がいい方向に向かいだしたとか・・・etc。

でも、これらは、当人にとっては重大なのでしょうが、その救いはあくまで個人単位でのことだし、客観的にみれば、別にイエスでないと、というものでもない。、心が弱った時、悩んでいるときにたまたま出会った救いがキリスト教だったに過ぎない、極端かつ失礼な話、オウムに出会っておればオウムに流れてしまったんじゃ?と思ったりもします。

キリスト教によって救われた、と思える場合でも、実態としては、イエスとかキリスト教というよりは親切で人柄のいい牧師さんとか神父さん、信者、教会関係者に助けられた、といったものが多いんじゃないかなぁ、と。

もちろん、信じたら借金が消えた、長年の持病が治ったとかいういわゆる「現世利益」を保障する存在とも違いますし、ローマ帝国を蹴散らし、ユダヤの地を解放・・といった旧約聖書タイプの政治・軍事的なヒーロー、救い主、という役回りもイエス自身が福音書の中で否定してるし・・。

大体、ローマ時代のイスラエルって客観的にみて、どうしようもなく酷かったか?というとそうでもないような気もします。ローマ支配下、といってもある程度の自治権は保障されていたし、民族宗教(ユダヤ教)を信仰する権利も守られていたみたいだし、他のローマの属領、植民地に比べれば、だいぶマシな状況であるように思えます。現代でも、例えばチベットとかもっと悲惨な支配にさらされている地はいくらでもありそうな。

この程度の状況で「救世主を」なんていっていたんでは、他のもっと悲惨な状況にある地域の住民からは「ケッ」っていわれそうですし、所詮はユダヤ人だけの都合に過ぎませんし・・。

個人単位ではなく、キリスト教全体の立場として、イエスは何から信者を救った、ということになっているのでしょうか?
特にイエスの直弟子、初期クリスチャンは具体的に何から救われた、解放された、と思って、強力なパワーだとかエネルギーを得たんでしょうか?