<松井冬子「痛みが美に変る」>
日本での学位論文だと云ふ今村純子『シモーヌ・ウェイユの詩学』(慶應大学出版会)にも同じやうなテーゼがありました。
どうやら美女にとつては不幸は美に繋がつてゐるらしい
<認識を阻む不幸の直中で美的感情が溢れ出るところに至高の自由が開かれてゆくウェイユの形而上学において、詩といファクターに着目するならば、私たちは、創造的想像力が構築した『架空の世界』を、すなはち、けつして経験してえない、『無』、『真空』、『ないもの』を、現実の非実在性として認識してしまつてゐるといふ『不思議さ』のうちにある。p.26>
この引用文では難解のやうですが、この本はとても読み易くて博士論文としてのアカデミックな骨格が不足してゐやうにも思はれます。
どうやら美女にとつては不幸は美に繋がつてゐるらしい
<認識を阻む不幸の直中で美的感情が溢れ出るところに至高の自由が開かれてゆくウェイユの形而上学において、詩といファクターに着目するならば、私たちは、創造的想像力が構築した『架空の世界』を、すなはち、けつして経験してえない、『無』、『真空』、『ないもの』を、現実の非実在性として認識してしまつてゐるといふ『不思議さ』のうちにある。p.26>
この引用文では難解のやうですが、この本はとても読み易くて博士論文としてのアカデミックな骨格が不足してゐやうにも思はれます。