聖Sekkoによる救い?

聖Sekkoによる救い?

りゅう · 2010-12-23 08:29:52 UTC+9 · 投稿 #535

カトリック生活1月号の「カトリック・サプリ」を読ませていただきました。
よくわからない点があったので質問させてもらいます。

「でも、神の愛が永遠だとしたら、やぱり永遠の地獄などない。一人で這い上がれなくても、誰かがきっと手を差し伸べてくれる。地獄にいるときはその手をつかむ勇気をもとう。天国にいるときは手を差し伸べる勇気をもとう。」(カトリック・サプリ 最後の段落)

これは、まだ生きている状況のことを言っているのでしょうか。
それとも、死後の話をしているのでしょうか?

死後の話だとすれば、これは完全に異端説になると思います。
神が救ってくれないなら、わたしたちが救おうと言っているように見えます。わたしたちに人を救う力があると言っているのでしょうか。
人を救えるのは神のみで、わたしたちはそのお手伝いをするだけでしょう。
また、地獄に落ちてしまったなら、それを神の意思として受け入れるのではなく、天国にいる神ではない誰かに助けを求めようと言っていますね。

つまりは、
「救いに関しては、もう神様など関係ない。わたしたちで勝手にやりましょう!」
と言っているように見えます。


上のカトリック・サプリの文章は、とても優しい文章に見えて、実は神不在のまま救いを進めようとしている、とても恐ろしい異端説に思えます。
わたしたちの救いはイエスからのみでしょう。
それとも、主イエス以外にも、「聖Sekkoとその仲間たち」による救いも別にあると説いているのでしょうか?

解説をお願いします。