百人隊長の話

百人隊長の話

Sekko · 2011-02-21 01:33:40 UTC+9 · 投稿 #551

ここのところはそんなに不思議だとは思いません。

百人隊長は別にそんなに挑発的な態度をとったのではなくて、むしろ懇願していたのでは?

「自分はあなたにふさわしいものではないですが頼みます。」と謙虚なイメージもあります。

ここのところで私がすぐ思い出すのは前に訳した『聖骸布の仔』(中央公論新社)の中で(p157)、主人公がこのくだりを思い出して、「自分はとてもあなたをうちに迎えられるようなものではありませんがひと言だけ言ってください」と願うシーンです。
ローマ人の家にユダヤ人が入れないという事情を差し引いても、ここは、「直接に触れていただくのは無理ですがひと言だけでも・・・」という切羽詰まった気持ちが背景になっています。このエピソードはルカやヨハネにも類似のものがあるので比べて見てください。

あ、今、日本語で検索してみましたら、こういう分かりやすいものがありました。

http://gnarly.at.webry.info/201009/article_7.html

ご参考に。

この話で私にとって面白いのは、「遠隔治療ができるかどうか」というテーマです(すみません、信仰とあまり関係がなくて)。

触ってもらうのはもちろん、言葉をかけるだけとか、後ろから衣に触れるだけで癒されるとか、いろんなイエスの「奇跡」がありますが、

「あなたの信じたとおりになりますように」という言葉がもらえるのは最高ですね。

日本にキリスト教宣教師が来た時も、加持祈祷の僧たちは病人のそばにつきっきりで平癒祈願をしたのに効かなくて、宣教師たちは「自分ちで祈って治した」ので感心されたというようなエピソードもあるようですが、今のカトリックの聖人システムにおける「奇跡の治癒」も、その伝統にあるんでしょう。

まあこのエピソードのヨハネ・バージョンではイエスも「不思議なわざを見なければ決して信じない」というのはいかがなものか、という態度を見せていますが・・・

「遠隔治療」は今でも「実はよく聞く話」でもあるので、すごく興味があります。

その治癒を本人か近くの人が必死に望まないと「ひと言」は伝わらないのかもしれません。される方が望まないのに遠隔操作できたら呪いだってかけられてしまいそうで怖いです。

日本でミッションスクールに行かれていた方たちは、みなそれぞれに聖書の一節などにいろいろな思い出や思い入れもおありなんでしょうね。回りとちょっと切り離されているから独特な感じで残るのかも・・