フッサールについて
本に、"自然的態度を変更し、世界の存在を括弧にいれて(判断中止=エポケー)、そこにあらわれる志向性を有する自我意識を観察すると、世界の意味がわかってくる"とありましたが、
(1) 彼のいう「志向性」とは、人間がもっている"思い込み"と解釈してよろしいでしょうか?
もし違うのであれば、ご教授願います。
(2) "世界の存在を括弧にいれて"とは、どういうことでしょうか?
(3) これは、「あす事象がある」という前提をいったん保留して、ある程度自分のもっている知識や情報をもとにある認識を解明すると、その意味が確信できるという解釈でよろしいでしょうか?
もし間違いであれば、ご教授願います。
(4) 彼の説のどういうところが"現象学"と呼べるのでしょうか??
(1) 彼のいう「志向性」とは、人間がもっている"思い込み"と解釈してよろしいでしょうか?
もし違うのであれば、ご教授願います。
(2) "世界の存在を括弧にいれて"とは、どういうことでしょうか?
(3) これは、「あす事象がある」という前提をいったん保留して、ある程度自分のもっている知識や情報をもとにある認識を解明すると、その意味が確信できるという解釈でよろしいでしょうか?
もし間違いであれば、ご教授願います。
(4) 彼の説のどういうところが"現象学"と呼べるのでしょうか??