ポストモダン
私の『陰謀論にダマされるな!』(ベスト新書)で使われているのは、陰謀論を解説する心理学者が使っているという文脈だと思いますが、そこでは、ごく普通に、つまりWikipedia なんかで出てくる程度の意味です。「大きな物語」の終焉とあるように、リオタール風の意味でもあります。世界は民主主義と人権主義、自由平等、という方向に向かって「進歩」していくはずだし、進歩しなくてはならないという確信に基づいた歴史観があって、それに基づいたシナリオが構成されていたのが「西洋近代」であり、ポストモダンとは、その西洋中心史観が崩れて脱中心、相対主義が基本になった、という意味です。歴史の流れを説明する教科書的権威が否定されたので、そこに陰謀論が繁殖する土壌が用意されたという感じでしょうか。
私個人的には、「西洋近代」とは、キリスト教的理念の非宗教化、世俗化ととらえているので、ポストモダンとは、「西洋近代」の基盤をなす世俗化されたキリスト教的理念の否定だと考えています。「西洋近代」は反教権的イデオロギーの理神論に拠って打ち立てられたもので、ポストモダンは、さらにそのイデオロギーを否定したものであり、そのままでは「非キリスト教社会」の文化の文脈には組み込めないものだと考えています。つまり、20世紀後半にフランス構造主義などによって広く共有された近代批判とは区別して考えています。
『陰謀論に・・・』は、その前の『無神論』とセットになって構成されたものです。
これについて話し出すと長くなるので、ここではこれだけで失礼します。
私個人的には、「西洋近代」とは、キリスト教的理念の非宗教化、世俗化ととらえているので、ポストモダンとは、「西洋近代」の基盤をなす世俗化されたキリスト教的理念の否定だと考えています。「西洋近代」は反教権的イデオロギーの理神論に拠って打ち立てられたもので、ポストモダンは、さらにそのイデオロギーを否定したものであり、そのままでは「非キリスト教社会」の文化の文脈には組み込めないものだと考えています。つまり、20世紀後半にフランス構造主義などによって広く共有された近代批判とは区別して考えています。
『陰謀論に・・・』は、その前の『無神論』とセットになって構成されたものです。
これについて話し出すと長くなるので、ここではこれだけで失礼します。