愚者さま

愚者さま

sekko · 2014-09-13 01:31:37 UTC+9 · 投稿 #745

なるほど…。これは『キリスト教の真実』でも書いたのですが、「西洋近代史」って、プロテスタントがその名の通りカトリックを大批判または全否定するような形で生まれ、その後、理神論とか無神論がカトリックもプロテスタントもまとめてキリスト教を批判、否定するような形で進んできたので、そういう議論には事欠きません。

順番からして一番たたかれているのがカトリックで、言い換えると、プロテスタントや理神論、無神論の勢力の台頭と接触のなかった文化、脅威にならなかった文化は全くたたかれていないわけです。

カトリックの方は何を言われても、最初は「破門だ、異端だ」と言っていても、そのうち「よく考えてみると自分たちもまちがっていたかも」と反省もしてしまい、他宗教への批判がアイデンティティになるところまではいかないので、自己弁護の武装が今一つ足りませんよね。

でも、プロテスタントやイスラムより古くて、しかも、あれこれメンテナンスしながら生き続けているのですから、「今のやり方を見てくれ」といういわば「大人の態度」をとっているともいえるわけです。私は自分も年を取ってくるとそういう方にシンパシーを感じます。

宗教の創生神話とか建国神話とか、教祖の誕生の不思議譚そのものはどこにでもあるのでその表層はあまり気になりません。

同時に、「理性では信じられない」という言い方は、理性や科学では説明がつかなかったり考えられないようなことはこの世にたくさんあって、いや、多分、合理的な部分というのはほんの一部だと思うので、私はむしろ不可知論です。

『自由人イエス』(ドン・ボスコ社)で書かれているように、イエスの「復活」というのは、私には想像もつかないような形で使徒たちの全世界観を覆すようなことが起こったのでしょう。

すごいなあ、ちょっと知りたいなあ、とは思いますけれど、私が知りたいけれど理解を超える、または手の届かない世界の不思議なんて無限にありますから、復活をきっかけに何が起こって何が問われているのかの方が本質的なものだと思います。

カトリックではなく無教会派ですが矢内原忠雄の『キリスト教入門』(中公文庫)も日本におけるキリスト教理解について興味深い本です。プロテスタント無教会主義の明快な、それだけに厳しい信仰の態度は、うらやましいような、やってられないような、日本人には無理だなあ、という感じはします。フランスにおけるカトリックのぬるさの方が「応用がきく」という私の印象は変わりません。

『自由人イエス』、『キリスト教入門』とも私が解説を書いています。よかったら参考にしてください。