エトワールさま
ブログのご愛読ありがとうございます。
さて、ご質問の件ですが、訳の可能性としてはいずれもあり得ると思います。ただしそれは解釈の範疇であって、ノストラダムスの意図がどうだったかとか、16世紀のフランス語だからこうだとかいう確実性はないものです。
http://www.geocities.jp/nostradamuszakkicho/sonota/1072.htm
にあるような
「千九百九十九年七ヶ月、
天から恐怖の大王が来るだろう。
アンゴルモワの大王を蘇らせ、
マルスの前後に首尾よく統治するために。」
というのも、妥当なように思えます。
もしも普通のフランス語風に考えるなら、
viendra という動詞だけが時制変化しているので、その後に来る二つの動詞原形は,いずれも、恐怖の大王が主語ということになります。
でも、ノストラダムスの4行詩には動詞が時制変化しないで原形で放り出されていることがよくあったと記憶しているので、「統治する」の主語がマルスという印象は受けます。コンマの使い方からも。
どちらにしても、この詩だけ取り上げても不明なので、大きい文脈を見る必要があるでしょう。そして、この詩の解釈について今の時点でなおこだわっていらっしゃるということ自体がまたどういう流れの中にあるのか、も見逃せないところです。
ノストラダムスと世界の終りの言説にトラウマを受けたという世代がいることは知っていますし、ノストラダムスに何かを言わせたいという人もたくさんいます。
フランス語には美しい詩がたくさんありますから、別のものにぜひ挑戦してください。
さて、ご質問の件ですが、訳の可能性としてはいずれもあり得ると思います。ただしそれは解釈の範疇であって、ノストラダムスの意図がどうだったかとか、16世紀のフランス語だからこうだとかいう確実性はないものです。
http://www.geocities.jp/nostradamuszakkicho/sonota/1072.htm
にあるような
「千九百九十九年七ヶ月、
天から恐怖の大王が来るだろう。
アンゴルモワの大王を蘇らせ、
マルスの前後に首尾よく統治するために。」
というのも、妥当なように思えます。
もしも普通のフランス語風に考えるなら、
viendra という動詞だけが時制変化しているので、その後に来る二つの動詞原形は,いずれも、恐怖の大王が主語ということになります。
でも、ノストラダムスの4行詩には動詞が時制変化しないで原形で放り出されていることがよくあったと記憶しているので、「統治する」の主語がマルスという印象は受けます。コンマの使い方からも。
どちらにしても、この詩だけ取り上げても不明なので、大きい文脈を見る必要があるでしょう。そして、この詩の解釈について今の時点でなおこだわっていらっしゃるということ自体がまたどういう流れの中にあるのか、も見逃せないところです。
ノストラダムスと世界の終りの言説にトラウマを受けたという世代がいることは知っていますし、ノストラダムスに何かを言わせたいという人もたくさんいます。
フランス語には美しい詩がたくさんありますから、別のものにぜひ挑戦してください。