sekko さま
sekkoさんが1946年と書かれたのは、フランスの事情からだろうと思っていました。やっぱりね。
堺屋太一氏が1976年に発表した小説『団塊の世代』よりも前に、少し上の世代が随分多いことは小学生2年生のころから漠然と感じていました。小学校の朝礼で上級生が整列するのが時間がかかるし、列がすごく長いからです。もちろん、上級生だから体が大きいこともありますが、それにしても、あのゴタゴタはという感じでした。運動会のリレーでも上級生は終わるのが遅いし。
中学校に入ると、教室の後ろに誰も使わない机がいくつも置いてありました。あれ、なんだろうと思っていました。ある時、美術の先生から「君たちの先輩たちは人数が多かった、後ろにある机はその名残だ、教室に入りきれなくて廊下に机を置いている生徒もいた」と聞いたとき、そうなんだ、いっぱいいたんだと納得しました。
世代の違いであれこれ言うことは、あまり好きではありません。世代よりも、その人個人の思いや育った環境の方が影響力がありますから。ただ、会社で若い人たちを見てきたことから言うと、いまの40歳代ぐらいの人は、自分が自由に仕事ができる領域の境界線を明確にしてほしいと迫る人が多いように感じます。優秀な人ほど。組織としてのルールは守るから、自由に考えられる範囲、動ける範囲を明確にして欲しい、線引きを明確にしてほしいと言われました。上司や仲間と没交渉で仕事して、成果を出して、評価されることを望んでいるのでしょうか。日本的なのは嫌で欧米風なのがいいと思ってるのかもしれませんが、外資系だとボスが部下を連れてくるから、部下は皆イエスマンで、こんなことをいう人はいないのでしょうけど。
堺屋太一氏が1976年に発表した小説『団塊の世代』よりも前に、少し上の世代が随分多いことは小学生2年生のころから漠然と感じていました。小学校の朝礼で上級生が整列するのが時間がかかるし、列がすごく長いからです。もちろん、上級生だから体が大きいこともありますが、それにしても、あのゴタゴタはという感じでした。運動会のリレーでも上級生は終わるのが遅いし。
中学校に入ると、教室の後ろに誰も使わない机がいくつも置いてありました。あれ、なんだろうと思っていました。ある時、美術の先生から「君たちの先輩たちは人数が多かった、後ろにある机はその名残だ、教室に入りきれなくて廊下に机を置いている生徒もいた」と聞いたとき、そうなんだ、いっぱいいたんだと納得しました。
世代の違いであれこれ言うことは、あまり好きではありません。世代よりも、その人個人の思いや育った環境の方が影響力がありますから。ただ、会社で若い人たちを見てきたことから言うと、いまの40歳代ぐらいの人は、自分が自由に仕事ができる領域の境界線を明確にしてほしいと迫る人が多いように感じます。優秀な人ほど。組織としてのルールは守るから、自由に考えられる範囲、動ける範囲を明確にして欲しい、線引きを明確にしてほしいと言われました。上司や仲間と没交渉で仕事して、成果を出して、評価されることを望んでいるのでしょうか。日本的なのは嫌で欧米風なのがいいと思ってるのかもしれませんが、外資系だとボスが部下を連れてくるから、部下は皆イエスマンで、こんなことをいう人はいないのでしょうけど。