Sekkoさま
ジェンダーに関しては、正直なところ私には定見がない、というより分からないのです。
「何も言えない女性と、何も言わせない男性」というのも極端なものいいでした。感情と冷静に分類するのも、ある意味で極端でして、それに反応してしまったのです。
いや、極端に対比することで、その差異が際立って、問題が顕在化される、その方法論に乗っかってしまいました。
日本のジェンダーギャップは、世界経済フォーラムでは114位でしたが、男女格差はあらゆる局面で錯綜としています、この日本では。
たぶん、文化の背骨となる一神教のような、ジェンダーを強く意識させる宗教がなかったからでしょうか。
神道、仏教もそれほどジェンダーを意識させませんし、弱い立場に陥りやすい女性には、なんらかの救済・逃げ場所もあったようですけど・・。
いわゆる「男尊女卑」のような、極端なジェンダーギャップは、明治維新以降だとおもいます。
現在、東京だけのことでいえば、歌舞伎や演劇では、8対2ときに演者や演目では1対9ぐらいの割合で女性優位です。
美術館やコンサートでは6対4ぐらいになりますが、文化・教養的な場所には、女性たちの姿が多いのが目立ちます。
つまりですね、件の福島の女性たちも、東京に抗議しにいくことの強い意志を、女性たち同士で結束させたのだと思います。
あの特製のTシャツも、皆でわいわいと盛り上がりながら作ったんじゃないでしょうか。
彼女たちの伴侶は、「頑張ってこいよ」と励まし、送りだしたんじゃないでしょうか。
福島の現状について、男たちは何も考えていないわけではない。男たちのアクションや主張を彼らなりにしていたんだと思います。
福島の人たちには、3.11以降にはむしろジェンダーギャップはなかった。男女格差を意識させないほどに、もの凄い生活の変化があったわけですから。
いやあ、でもジェンダーに関して考えれば考えるほど分らなくなります。
日本では表面上、若い世代のばあい、日常的には女性の方がヘゲモニーをとっているように感じます。
私の周囲だけのことですが、子どもの間では、もっと女子力が高い。女の児が男の児をいじめていることさえよく見かけます。少なくとも女の子は元気で、男の子は大人しい。
普遍的にジェンダーを考えてみたいです。
Sekkoさまの本が一時もはやく上梓されることを願ってやみません。
「何も言えない女性と、何も言わせない男性」というのも極端なものいいでした。感情と冷静に分類するのも、ある意味で極端でして、それに反応してしまったのです。
いや、極端に対比することで、その差異が際立って、問題が顕在化される、その方法論に乗っかってしまいました。
日本のジェンダーギャップは、世界経済フォーラムでは114位でしたが、男女格差はあらゆる局面で錯綜としています、この日本では。
たぶん、文化の背骨となる一神教のような、ジェンダーを強く意識させる宗教がなかったからでしょうか。
神道、仏教もそれほどジェンダーを意識させませんし、弱い立場に陥りやすい女性には、なんらかの救済・逃げ場所もあったようですけど・・。
いわゆる「男尊女卑」のような、極端なジェンダーギャップは、明治維新以降だとおもいます。
現在、東京だけのことでいえば、歌舞伎や演劇では、8対2ときに演者や演目では1対9ぐらいの割合で女性優位です。
美術館やコンサートでは6対4ぐらいになりますが、文化・教養的な場所には、女性たちの姿が多いのが目立ちます。
つまりですね、件の福島の女性たちも、東京に抗議しにいくことの強い意志を、女性たち同士で結束させたのだと思います。
あの特製のTシャツも、皆でわいわいと盛り上がりながら作ったんじゃないでしょうか。
彼女たちの伴侶は、「頑張ってこいよ」と励まし、送りだしたんじゃないでしょうか。
福島の現状について、男たちは何も考えていないわけではない。男たちのアクションや主張を彼らなりにしていたんだと思います。
福島の人たちには、3.11以降にはむしろジェンダーギャップはなかった。男女格差を意識させないほどに、もの凄い生活の変化があったわけですから。
いやあ、でもジェンダーに関して考えれば考えるほど分らなくなります。
日本では表面上、若い世代のばあい、日常的には女性の方がヘゲモニーをとっているように感じます。
私の周囲だけのことですが、子どもの間では、もっと女子力が高い。女の児が男の児をいじめていることさえよく見かけます。少なくとも女の子は元気で、男の子は大人しい。
普遍的にジェンダーを考えてみたいです。
Sekkoさまの本が一時もはやく上梓されることを願ってやみません。