水蓮さま
水蓮さま
私自身、あれを書いていて、言葉が足りないので誤解を招くだろうなあと思っていたのです。
申し訳ありません。
私がフランスで同性婚支援の運動の時に異論を唱えた時、ゲイの親友からショックだと言われ、じっくり話を聞いてもらって納得してもらったことがあります。
私は、同性婚法支持者たちがその時点で「神聖な権利」化していた結婚制度自体を批判的に見ているからです。
性的関係を前提にしたような結婚制度はもう機能していないと思うので、
互いに支え合い補い合って暮らしていこうとか、未成年を保護して育てていこうとかいう意志を持った二人なら、性別も血縁も関係なく今の結婚制度と同じ社会的プロテクションを与えるべきだというのが考えの基本です。
実際はその見極めも難しいし、移民の合法化などに使われてその仲介をビジネスにする人もあるわけだし難しいとは承知していますが。
で、LGBTのくくりに参加することで視野を限ってしまう人や、それを利用してビジネスチャンスにする人たち(これが一番問題)をあまりにも多く知ってしまったので、私は少なくともロビーとしてのLGBTには関わらない、と決めています。
もちろん、性的マイノリティ差別については、他の人権問題と同じく深刻に考えています。
特に子供については深刻ですが、そのためには学校で性的マイノリティのことを教えるというようなことではなくて、「大人」を徹底的に教育することじゃないかと思います。多くの性的マイノリティの人は、友達よりもまず最初に親の目を恐れるからです。
これから子供を持つ予定のあるすべての人は、その多くが異性愛者でしょうが、彼らに、
自分たちの子供はそれぞれ独自の性的指向やアイデンティティを持つようになるかもしれない、それが情緒的、社会的ハンディとならないように家族は最大の努力をしなくてはならない、
ということの徹底です。
性的マイノリティの困難は、他の発達障害やその他の「障害」への視線や対策とは質が違うものです。
苦しんだり肩身の狭い思いをしたり自分で抑圧してきた後で大人になってから闘うという道だけではなく、そもそもの(基本は異性愛者による)「家庭」という出発点から、子供本人の自分らしさの絶対肯定をしたいものです。
「同性カップル」の子育てはそれを自然にできているケースが多いですが、子供が育つ家庭での基本にある「絶対肯定」は啓蒙によってのみなされると思います。
もちろん動物虐待によって性的快楽を感じる子供というような特殊なケースは、見逃さないでフォローするという責任が生じますが、それはまた別の話ということで。
私の公開ブログで読める関連記事にはこういうものを見つけました。
ご参考に。
https://spinou.exblog.jp/24003038/
https://spinou.exblog.jp/25872493/
https://spinou.exblog.jp/20645848/
私自身、あれを書いていて、言葉が足りないので誤解を招くだろうなあと思っていたのです。
申し訳ありません。
私がフランスで同性婚支援の運動の時に異論を唱えた時、ゲイの親友からショックだと言われ、じっくり話を聞いてもらって納得してもらったことがあります。
私は、同性婚法支持者たちがその時点で「神聖な権利」化していた結婚制度自体を批判的に見ているからです。
性的関係を前提にしたような結婚制度はもう機能していないと思うので、
互いに支え合い補い合って暮らしていこうとか、未成年を保護して育てていこうとかいう意志を持った二人なら、性別も血縁も関係なく今の結婚制度と同じ社会的プロテクションを与えるべきだというのが考えの基本です。
実際はその見極めも難しいし、移民の合法化などに使われてその仲介をビジネスにする人もあるわけだし難しいとは承知していますが。
で、LGBTのくくりに参加することで視野を限ってしまう人や、それを利用してビジネスチャンスにする人たち(これが一番問題)をあまりにも多く知ってしまったので、私は少なくともロビーとしてのLGBTには関わらない、と決めています。
もちろん、性的マイノリティ差別については、他の人権問題と同じく深刻に考えています。
特に子供については深刻ですが、そのためには学校で性的マイノリティのことを教えるというようなことではなくて、「大人」を徹底的に教育することじゃないかと思います。多くの性的マイノリティの人は、友達よりもまず最初に親の目を恐れるからです。
これから子供を持つ予定のあるすべての人は、その多くが異性愛者でしょうが、彼らに、
自分たちの子供はそれぞれ独自の性的指向やアイデンティティを持つようになるかもしれない、それが情緒的、社会的ハンディとならないように家族は最大の努力をしなくてはならない、
ということの徹底です。
性的マイノリティの困難は、他の発達障害やその他の「障害」への視線や対策とは質が違うものです。
苦しんだり肩身の狭い思いをしたり自分で抑圧してきた後で大人になってから闘うという道だけではなく、そもそもの(基本は異性愛者による)「家庭」という出発点から、子供本人の自分らしさの絶対肯定をしたいものです。
「同性カップル」の子育てはそれを自然にできているケースが多いですが、子供が育つ家庭での基本にある「絶対肯定」は啓蒙によってのみなされると思います。
もちろん動物虐待によって性的快楽を感じる子供というような特殊なケースは、見逃さないでフォローするという責任が生じますが、それはまた別の話ということで。
私の公開ブログで読める関連記事にはこういうものを見つけました。
ご参考に。
https://spinou.exblog.jp/24003038/
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