小寄道さま
ありがとうございます。
前日に最首さんの講座があったことを知り、それについてのブログ記事のupに感謝しています。
最首さん、なつかしいです。 知っていたらそちらを聞きに行っていたかも。
その日は東大の公開講座に行っていました。それはそれで得るところもあり、またブログに書くことにします。
しかし今の最首さんご夫妻って、何かすぐれた宗教者みたいで、近寄りがたい感じもします。80代で 自然体でダウン症の娘さんのお世話をし続けること、それこそ、聖霊が働いているんだろうな、と感嘆します。
弱者に対する人間の「共感能力」というのは、その芽はあるにせよ、たえず、学び、育てていく必要があるのだと改めて思います。
環境もそうですが、やはり教育の力は大きく、「共感能力」は「知」の一種というか、それを欠く「知」はむなしいものになると感じます。
羨望、嫉妬、侮蔑、偏見、差別の言説に加担してしまう誘惑はなんと強大なのだろう、といつも思います。でも、この世には、最首さんだけではなく、そのような誘惑に負けぬどころか、弱者を守るために徹底して戦ってくれる人も確実に存在するので、彼らに感謝する心だけは失いたくない、とは心から思います。
前日に最首さんの講座があったことを知り、それについてのブログ記事のupに感謝しています。
最首さん、なつかしいです。 知っていたらそちらを聞きに行っていたかも。
その日は東大の公開講座に行っていました。それはそれで得るところもあり、またブログに書くことにします。
しかし今の最首さんご夫妻って、何かすぐれた宗教者みたいで、近寄りがたい感じもします。80代で 自然体でダウン症の娘さんのお世話をし続けること、それこそ、聖霊が働いているんだろうな、と感嘆します。
弱者に対する人間の「共感能力」というのは、その芽はあるにせよ、たえず、学び、育てていく必要があるのだと改めて思います。
環境もそうですが、やはり教育の力は大きく、「共感能力」は「知」の一種というか、それを欠く「知」はむなしいものになると感じます。
羨望、嫉妬、侮蔑、偏見、差別の言説に加担してしまう誘惑はなんと強大なのだろう、といつも思います。でも、この世には、最首さんだけではなく、そのような誘惑に負けぬどころか、弱者を守るために徹底して戦ってくれる人も確実に存在するので、彼らに感謝する心だけは失いたくない、とは心から思います。