M さま

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Sekko · 2020-05-07 19:56:12 UTC+9 · 投稿 #1119

Mさま

メールでここへの書き込み通知をいただき拝読しましたが、その後ご自分で削除なさったようでもう表示されていませんでした。

でもお返事したくて書きます。

「審判夢」悩まされているとのこと、「罪と不作為、多くのひとを傷つけた咎で、人生行路が隘路になると生前私審判」を感じてお悩みのようですが、すでにカウンセラーの方などにご相談なさっていますか?

その夢の中の糾弾者に対して、起きている時にじっくり反論を考えてスタンバイしてみてはどうかなあと思います。その時は、真摯な反省のスタンスでなくて、「有罪」であろうとなかろうと、徹底的に自分を弁護正当化するスタイルでやります。
「あの人のせい、あのことのせい」と、自分以外に「責任転嫁」しまくるのも一時的ではありますが精神衛生によく、リスタートにつながるかもしれません。

どちらにしても、こうした夢を見るのも、それに苦しむことも、これまでMさんが誠実に生きていらっしゃったことの一部であり証です。私も存じ上げているMさんのお仕事に触発された人、Mさんによって機会を与えてもらった人たち(私も含めて)も、(たとえ潜在的だったとしても)Mさんに感謝しています。
その「気づき」の連鎖はそれこそ伝播再生産されて広がっています。

もし、発想の転換や自己弁護、自己正当化がうまく行かなかったら別の考え方もあります。

「人生行路が隘路になる」とおっしゃっていますが、「地獄への道は善意で敷き詰められている」って言葉もありますよね。

今の状態は、夢の中の糾弾者の「悪意」で道が敷き詰められているようなもので、それでも進んでいけば天国につながっているかもしれません。

大切なものは得てして狭き道、狭き門の向こうにしか見えてこないとは、苦労してきた多くの人が言っています。

道幅は関係なく、向こうに光が見えていて、その見えるところが善いものであることは、これまでにMさんがたどってきた道で多くの方に「善いもの」をくださったのだから確かです。

あらためて、ありがとうございました。