近況など
8月と9月の境目に日本にいるのは、20年ぶりくらいかも。TVで夏の終わりというのをやっていて、日本で最後の夏の夕日の入りとか映してたのを観て、季節の移ろいの共有をたえず刷り込んでいる文化って面白いなと思いました。
フランスでは夏は9月20日の秋分の日まで続くことになってます。冬は冬至から春分までです。11月なんかで雪の降るときもあるし、日本でいうと厳寒の服装なんかを10月頃から街で見ますから、12月に入ってもまだ「秋だ」っていわれるとすごく不自然なんですが、春は春分くらいにならないと実感しませんから、ちょうどいいですね。
ともかく、東京は3日くらい前から涼しいので、ようやく歩き回るのが楽になりました。上野の国立博物館に行こうと公園を歩いていると、7月のパリの公園の散歩を思い出しました。京都五山展に行きました。ポスターがすごくインパクトがあったので。
個性的な二人の禅僧の坐像が宙に浮いて、下の白い枯山水に陰を落としている趣向だ。僧衣の前が垂れている。何故こういう風になるのかというと、坐像は、伝統的な図像のスタイルを模しているからだ。そのスタイルとは、曲ろくという肘掛安楽椅子みたいなものに座って、その前にクツ置きがあってクツがちょこんと置かれているというものだ。椅子の座は高く、前に垂れる法衣は床に届かない。この下で足はどうなっているのだろう。
これは中国からの肖像スタイルであり、実際の日本の僧は床や座具や畳などの上で胡坐をかくかたちで座っていたと思われるが、とにかく画像は椅子つきだ。だからそれを基にした木造彫刻も、椅子様の台に座らされるか、段の上に置かれて、法衣の前が下に垂れている形なので、ポスターの「空中浮揚」にぴったりなのだ。
数は少ないが、前のクツ置きに置かれた履をはいている足つき画像もある。とすると、履をはいてない像でも、垂れた法衣の後ろで履なしの足が床に届かずにぶらぶらしているのではなさそうだ。では、椅子の座部で、胡坐を組んでるとかしているのだと推測できるが、履をはいた足が出ている図も、足が見えない図も、腰の部分の形やふくらみがまったく変わらない。
木造像の前垂れの内側を覗き込んでも、何もない。でも腰の部分にも、広がった脚やひざの厚みがあまりうかがわれない。ものすごく気になるが、中国では、普通に椅子に座ってたんで、日本では、形式だけでリアリズムは無視されただけなのか。折りたたんだ座具を腕にかけて椅子に座ってるという画像もあるので、椅子には、腰掛けている、という認識はあったんだろうと思うのだが。
でも、履も皮製で、椅子も立派で、なんだか明治維新の日本人が突然椅子生活を取り入れて、でも、靴脱いで正座しちゃっているみたいな感じがする。何でこんなことが気になるのか自分でもへんだが、それも、木造玉眼の彫像のあまりの迫力のせいなのだ。
水墨画で、墨だけで紅梅白梅を描き分けるテクニックにも簡単しました。逆に、白を色として加えた白衣観音図(吉山明兆)も、ジョージ秋山の浮浪雲みたいな座り方で印象的でした。鹿王院の釈迦10大弟子の群像表現はすごいんですが、ぜんぜんインド人じゃないよね、この人たちって感じです。釈迦は様式化してるから人種不明なとこがあって納得ですが、10大弟子のあのリアリズムで、あの東アジア顔は・・・
書では、死ぬ前に無理に?書かせる「遺げ(ゆいげ)」という書に「劇蹟」といわれる、のたうつ迫力のがあって、驚きました。願成寺のそれを残した僧(漢字が変換できなさそうなんで名は略です)の遺骨には5色の舎利がまじっていたとか。薬品とか化学物質の沈着かなあと思ってしまいます。
びっくりしたのは、十牛図の前で、結構年配のおばさんたちが、人牛倶忘の円相を前にして、あら、これは、消えたのかしら、なくなったのかしら、と不審がってたことです。その他にも、訪問者の年齢が高い割りに、えっ、まさか、って耳を疑いたくなるような、完璧に無教養な発言や疑問があちこちに飛び交い、修学旅行生じゃあるまいしそんなこと大人があっさり口にするなんて、日本人も変わったなあと思いました。
ともあれ、不立文字の印象の強い禅の世界の図像を含めた饒舌さに圧倒された展示会でした。
フランスでは夏は9月20日の秋分の日まで続くことになってます。冬は冬至から春分までです。11月なんかで雪の降るときもあるし、日本でいうと厳寒の服装なんかを10月頃から街で見ますから、12月に入ってもまだ「秋だ」っていわれるとすごく不自然なんですが、春は春分くらいにならないと実感しませんから、ちょうどいいですね。
ともかく、東京は3日くらい前から涼しいので、ようやく歩き回るのが楽になりました。上野の国立博物館に行こうと公園を歩いていると、7月のパリの公園の散歩を思い出しました。京都五山展に行きました。ポスターがすごくインパクトがあったので。
個性的な二人の禅僧の坐像が宙に浮いて、下の白い枯山水に陰を落としている趣向だ。僧衣の前が垂れている。何故こういう風になるのかというと、坐像は、伝統的な図像のスタイルを模しているからだ。そのスタイルとは、曲ろくという肘掛安楽椅子みたいなものに座って、その前にクツ置きがあってクツがちょこんと置かれているというものだ。椅子の座は高く、前に垂れる法衣は床に届かない。この下で足はどうなっているのだろう。
これは中国からの肖像スタイルであり、実際の日本の僧は床や座具や畳などの上で胡坐をかくかたちで座っていたと思われるが、とにかく画像は椅子つきだ。だからそれを基にした木造彫刻も、椅子様の台に座らされるか、段の上に置かれて、法衣の前が下に垂れている形なので、ポスターの「空中浮揚」にぴったりなのだ。
数は少ないが、前のクツ置きに置かれた履をはいている足つき画像もある。とすると、履をはいてない像でも、垂れた法衣の後ろで履なしの足が床に届かずにぶらぶらしているのではなさそうだ。では、椅子の座部で、胡坐を組んでるとかしているのだと推測できるが、履をはいた足が出ている図も、足が見えない図も、腰の部分の形やふくらみがまったく変わらない。
木造像の前垂れの内側を覗き込んでも、何もない。でも腰の部分にも、広がった脚やひざの厚みがあまりうかがわれない。ものすごく気になるが、中国では、普通に椅子に座ってたんで、日本では、形式だけでリアリズムは無視されただけなのか。折りたたんだ座具を腕にかけて椅子に座ってるという画像もあるので、椅子には、腰掛けている、という認識はあったんだろうと思うのだが。
でも、履も皮製で、椅子も立派で、なんだか明治維新の日本人が突然椅子生活を取り入れて、でも、靴脱いで正座しちゃっているみたいな感じがする。何でこんなことが気になるのか自分でもへんだが、それも、木造玉眼の彫像のあまりの迫力のせいなのだ。
水墨画で、墨だけで紅梅白梅を描き分けるテクニックにも簡単しました。逆に、白を色として加えた白衣観音図(吉山明兆)も、ジョージ秋山の浮浪雲みたいな座り方で印象的でした。鹿王院の釈迦10大弟子の群像表現はすごいんですが、ぜんぜんインド人じゃないよね、この人たちって感じです。釈迦は様式化してるから人種不明なとこがあって納得ですが、10大弟子のあのリアリズムで、あの東アジア顔は・・・
書では、死ぬ前に無理に?書かせる「遺げ(ゆいげ)」という書に「劇蹟」といわれる、のたうつ迫力のがあって、驚きました。願成寺のそれを残した僧(漢字が変換できなさそうなんで名は略です)の遺骨には5色の舎利がまじっていたとか。薬品とか化学物質の沈着かなあと思ってしまいます。
びっくりしたのは、十牛図の前で、結構年配のおばさんたちが、人牛倶忘の円相を前にして、あら、これは、消えたのかしら、なくなったのかしら、と不審がってたことです。その他にも、訪問者の年齢が高い割りに、えっ、まさか、って耳を疑いたくなるような、完璧に無教養な発言や疑問があちこちに飛び交い、修学旅行生じゃあるまいしそんなこと大人があっさり口にするなんて、日本人も変わったなあと思いました。
ともあれ、不立文字の印象の強い禅の世界の図像を含めた饒舌さに圧倒された展示会でした。