大学生
大羊さんのイメージの「今の大学生」は私のイメージとちがうような気がします。
いわゆる戦前の「昔の大学生」はもともと「バンカラ(死語ですが、無頼という意味)」が特徴で、その理由はいろいろあるでしょうが、旧制高校、大学と、女性のいない男の世界だったということ、もともとエリートであり将来を約束されているから大学は最低の努力で卒業さえすればよかったこと、などがあるんじゃないでしょうか。
それに比べれば、女子学生と席を並べる今の大学生はずっと小奇麗で上品になった気もしますし、大学が「民主化」したので、将来の就職などの展望が開けていないから、在学中から就活してまわったり大変で気の毒な感じです。
学力的には昔の学生の方が和漢洋のテクストを読めたりインテリっぽい気がしますが、他の情報が少なく、もともと少数エリートだったのだからレベルが高いのは当たり前もしれません。また、そういうグループほど一方で偽悪的な振る舞いをする傲慢さを持っているもので、昔も地方の「ふつうのうち」から1人だけがんばって都会の帝大にやってきた、なんていう学生はまじめな「固物」でこつこつ勉強していたかもしれません。
私の学生時代も、大量に合格者を出す有名進学校から来ているグループほど、よくいうとおおらかで個性的、悪く言うと自信過剰で傲慢な感じでした。
フランスでも似ていると言えば似ていました。特にエリート養成の有名グランゼコールなんかでは。でも今は、やはりけっこう「民主化」してますし、よく勉強はしますよ。エリートは勉強に耐えて競争に勝った精神力と体力があるので学校時代も社会に出てからもよく勉強して仕事します。
私は塾にも行ったことがないし受験勉強もしなかった(うちで勉強しなければついていけなかったのは大学時代の古典ギリシァ語が初めてでした)のでそういう「根性を養われるチャンス」が若い時になかったので、後で、というか今も苦労してます。日本の受験システムではそれでも通ったのですが、もしフランスに生まれていたら勉強してなければ「いい学校」に入れなかったのかどうか、いつも疑問に思ってきました。
アメリカはアメリカでまたフランスとかけ離れてます。教育社会主義的なフランスの大学とプライベートなクラブみたいなアングロサクソン国の大学は全然違いますものね。
まあ、いつの世もどこの国でも「羽目をはずす」という選択肢のない厳しい状況にある若者の方が実はたくさんいるのですから、そちらの方が大問題だと思いますが。
いわゆる戦前の「昔の大学生」はもともと「バンカラ(死語ですが、無頼という意味)」が特徴で、その理由はいろいろあるでしょうが、旧制高校、大学と、女性のいない男の世界だったということ、もともとエリートであり将来を約束されているから大学は最低の努力で卒業さえすればよかったこと、などがあるんじゃないでしょうか。
それに比べれば、女子学生と席を並べる今の大学生はずっと小奇麗で上品になった気もしますし、大学が「民主化」したので、将来の就職などの展望が開けていないから、在学中から就活してまわったり大変で気の毒な感じです。
学力的には昔の学生の方が和漢洋のテクストを読めたりインテリっぽい気がしますが、他の情報が少なく、もともと少数エリートだったのだからレベルが高いのは当たり前もしれません。また、そういうグループほど一方で偽悪的な振る舞いをする傲慢さを持っているもので、昔も地方の「ふつうのうち」から1人だけがんばって都会の帝大にやってきた、なんていう学生はまじめな「固物」でこつこつ勉強していたかもしれません。
私の学生時代も、大量に合格者を出す有名進学校から来ているグループほど、よくいうとおおらかで個性的、悪く言うと自信過剰で傲慢な感じでした。
フランスでも似ていると言えば似ていました。特にエリート養成の有名グランゼコールなんかでは。でも今は、やはりけっこう「民主化」してますし、よく勉強はしますよ。エリートは勉強に耐えて競争に勝った精神力と体力があるので学校時代も社会に出てからもよく勉強して仕事します。
私は塾にも行ったことがないし受験勉強もしなかった(うちで勉強しなければついていけなかったのは大学時代の古典ギリシァ語が初めてでした)のでそういう「根性を養われるチャンス」が若い時になかったので、後で、というか今も苦労してます。日本の受験システムではそれでも通ったのですが、もしフランスに生まれていたら勉強してなければ「いい学校」に入れなかったのかどうか、いつも疑問に思ってきました。
アメリカはアメリカでまたフランスとかけ離れてます。教育社会主義的なフランスの大学とプライベートなクラブみたいなアングロサクソン国の大学は全然違いますものね。
まあ、いつの世もどこの国でも「羽目をはずす」という選択肢のない厳しい状況にある若者の方が実はたくさんいるのですから、そちらの方が大問題だと思いますが。