昔の大学生、若者

昔の大学生、若者

迷える大羊 · 2011-02-19 09:34:44 UTC+9 · 投稿 #568

最近の若者は・・・、などという言葉が出るようになれば、歳をとった証拠、といいますが。まあ、私ももう若者というには少々苦しい年齢なんですが、いつもこのセリフを聞いて思うのは、「昔の」大学生、若者って本当に皆が皆、真面目で社会的関心も高く、勤勉だったんだろうか?ってこと。

前田一という方が昭和3年(1928年)に刊行した本に「サラリーマン物語」っていうのがありまして。ちなみに前田一さんというのは、戦後、日経連専務理事として、総評などの労働側と渡りあった人。明治38年(1905)生まれ、天下の東京帝国大学卒。

その「サラリーマン物語」に大学生批判が出てくるんですが、それはこんなもの。

「最近(昭和初期)の大学生は依頼心が強く、自立の気迫がない」だの「学生は気分が乗らなければ、講義にでない。ひどいのになると試験2週間前に友達のノートを借りて読んでおく、試験のときになって初めて主任教授の御面相をみたなどという男も珍しくない・・、真面目に出席している学生のノートをガリ版刷りにして、売りさばく商売を始める奴がいる・・・etc、これじゃマジメに講義に出る方があほらしい・・」

なんだか、どこかで聞いたような話だなぁ、っていうか約80年後の現代とほとんど同じ。

戦前の学生というと、進学率も低く、「エリート」だったわけですし、現代より遥かに激しい貧富の差など社会的矛盾への関心から誰もが左翼、右翼活動に精出していたようなイメージがありますが、当時も今も大半の学生はノンポリ、新島繁の「ダンス大学生」「ドキュメント昭和世相史 戦前編」を読むと、バイトとナンパに明け暮れる大学生もしっかり存在したみたいで。

「学力低下」を嘆く話もしっかりあって、確か文芸春秋の昭和12年(1937年)ごろの記事でしたか、菊池寛氏、国会議員の清瀬一郎氏などの錚々たるメンバーが「最近の学生は、社会に関する関心が何もない」だとか「少年キング」しか読まない、アルファベットはHまでしかわからない、中国など、世界の地理がさっぱりわかっていない、などと論じていてさんざんです。

「昔の若者、学生」がぺつに立派でも真面目でもなかった証拠はいくらでもあって、例えば、戦前の大学野球、早稲田対慶応戦、いわゆる早慶戦はプロ野球並みの人気がありましたが、このゲームの後、観戦の学生が泥酔してフーリガン化するのは半ばお約束のようなものでした。
永井荷風などは「断腸亭日乗」で昭和三年から十一年にかけて毎年のように、この学生たちの狼藉ぶりを苦々しく記していますね。なんか、今の大学生の方がよほど品行方正っていうか、おとなしいっていうか・・。昔の子供、若者はしつけが行き届いていて、なんていいますが、昔だって、子供、若者は大人からみりゃ、こんなものだったんですね。

というように、「最近の若者は・・」なんて類のほとんどは全然根拠が薄いものがほとんどであるにも関わらず、人はどうして、歳をとるとそういうことを言いたがるようになるのでしょうかね?
あと、レジャーランド化した日本の大学生に比して欧米の大学生は猛烈に勉強する、というのはどこまで本当でしょうか?
まあ、私個人は、「ズルケて人のノートで試験をパス」するような学生たちが戦後の高度成長を実現したことを考えると、私個人は欧米、特にアメリカの大学の在り方がいいのか、日本型がいいのか、優劣が付けられません。実はどっちでもいいのかも、とすら考えたりしますが、どうなんでしょう?