わざわざありがとうございます
なるほど、「戦後教会史」という文脈だったのですね。ではやはり、太平洋戦争へ突入するにいたった明治以来の皇国史観や国家神道の中で生き延びる苦労をしたキリスト教や、その後のトラウマが残っていての言葉だと思います。
国家神道のようなプロパガンダがない時代、たとえば江戸時代の江戸の庶民にとって「天皇の宿り」というものは実感としてなかったと考えられます。
調べれば調べるほど、ヨーロッパ文化における「神の宿り」の方が根は深く決定的であり続けると分かります。
原発事故の人災的側面については、日本のメンタリティの問題よりももっと、そもそも核兵器の問題、エネルギー利権の問題を看過できないと思います。
昨日、本の感想をいただいてお返事を書いたすぐ後で、郵便局で停まっていたジャンヌ・ダルクの新刊を受け取りました。パラパラと眺めて、あらためて、人はたとえ社会や歴史の産物であっても、自分を超えていくのを後押ししてくれる風にいつも吹かれているような気がしました。その風をキャッチして一歩を踏み出すかどうかは一人一人の決断にかかっているのでしょう。
国家神道のようなプロパガンダがない時代、たとえば江戸時代の江戸の庶民にとって「天皇の宿り」というものは実感としてなかったと考えられます。
調べれば調べるほど、ヨーロッパ文化における「神の宿り」の方が根は深く決定的であり続けると分かります。
原発事故の人災的側面については、日本のメンタリティの問題よりももっと、そもそも核兵器の問題、エネルギー利権の問題を看過できないと思います。
昨日、本の感想をいただいてお返事を書いたすぐ後で、郵便局で停まっていたジャンヌ・ダルクの新刊を受け取りました。パラパラと眺めて、あらためて、人はたとえ社会や歴史の産物であっても、自分を超えていくのを後押ししてくれる風にいつも吹かれているような気がしました。その風をキャッチして一歩を踏み出すかどうかは一人一人の決断にかかっているのでしょう。