マリアとマルタ

マリアとマルタ

ともちゃん · 2013-08-04 08:33:33 UTC+9 · 投稿 #779

ご本やこのサイトなど、どこかで既に書かれていたら申し訳ありません。
イエズスがお客に行ったときに、もてなしで忙しくしていたマルタが、マリアにも手伝うよう口添えしてくれと言って、イエズスにたしなめられた件です。
これは現代の「教会」に向けてのイエズスの叱正ととるべきだと私は思いますが、どうでしょうか? 教会の外からみれば(ですよね?)、好きにすれば、かも知れませんが。
マルタ的働きはパンを作ること。教会は「マリア」なので、パンを作る必要はない。上手な聖書朗読、上手な教会音楽、滞りなく進行するミサ、財政だの何だのの効率的な運営、そういう「パン作り」に属する内容は現代では教会の外に幾らでも代わりが見つかる。教会でパン作り以外のものを見つけられないなら、行く価値はない。
では、どうするのか? 価値なしのシンボルはむなしい、でもシンボルなしに価値は保てるか?の底なし沼に少し前まではまっていました。
竹下さまは、マルタとマリアの箇所をどう読まれますか?