(無題)
アントワーヌ・レリスさんのフェースブックのメッセージを森司教が取り上げて、この人は信仰を持っている人だと思う、と感想を付け加えました。
13日の中日新聞朝刊に載ったレリス氏のインタビュー記事「人を愛する自由 テロリストは奪えない 証言者 妻を失ったジャーナリスト」には、「理解を超えた現実に直面した時こそ、感情にのみ込まれない知性が際立つのだと思います。」、「私と息子が、他人と感情を分かち合っていられる限り、私たちはより強い存在になれる。「イスラム国」(IS)を掃討しようとする各国の軍隊より強い力で、自らの自由を守ることができるのです。」などの言葉が記されています。
さらに、16日の「私説 論説室から」のコラムは、「理性は武器にも勝る」と題して、9・11米中枢同時多発テロの報復でイラク戦争開戦に踏み切ろうとした米国に最後まで反対したフランスのドヴィルパン外相の名演説に言及し、「あの時の気高き精神をフランスは失ってしまったのか。」とISの掃討に突き進むフランスを批判しています。そして、記事は「しかし暗闇の中にも一筋の光明が見えてくるのがこの国の底力だ。最愛の妻を失いながら「テロリストの望みどおりに憎しみで応じるのは無知に屈することだ」と発信したジャーナリスト。理性という力である。」と結ばれています。
一連の記事で、レリスさん自身は知性という言葉を用いるが、記者は、憎しみや怒りにのみ込まれそうになったときに感情を制御する精神の働きを理性と呼んでいるようです。
森司教が指摘するまえから、「キリスト教ってこれだ!」というものを感じました。
「知性・自由・ことば」という武器によって戦うのは、フランスのカトリックらしいのではありませんか。
この「自由」は、本能や激情のままに行動することではなく、その逆で、感情や本能に翻弄されない理性の力強さを意味していると解釈できますので。
フランスではどのように受け取られているのでしょうか?
「パリの同時多発テロに対してフランス政府はISへの空爆を強化すると言っているが、テロは本来犯罪です。つまり法律で裁くべき行為です。しかし、フランスに限らず、それを大統領が意図的に「戦争」と呼ぶことによって、徹底的な捜査もせず、裁判もせず、事実の究明すらせずに、容疑者を殺害することが可能になるのです。こんな無法はゆるされません。」と伊藤真弁護士は言いました。
たしかに、真相は永久に葬られ、「容疑者」は裁判を受ける権利(基本的人権)だけではなく命も、問答無用で奪われます。
また、国内で外国人が大量殺人を犯したからという理由でその外国を武力攻撃するのは、国際法違反だとも聞きました。
裁判官と違って弁護士は信用できそうです。電力会社などに天下りしないからでしょうか。
憲法をはじめとする日本の国内の問題に関しては、日弁連が頼りです。
日本では、日弁連の会長声明が暗闇を照らす一筋の光です。
13日の中日新聞朝刊に載ったレリス氏のインタビュー記事「人を愛する自由 テロリストは奪えない 証言者 妻を失ったジャーナリスト」には、「理解を超えた現実に直面した時こそ、感情にのみ込まれない知性が際立つのだと思います。」、「私と息子が、他人と感情を分かち合っていられる限り、私たちはより強い存在になれる。「イスラム国」(IS)を掃討しようとする各国の軍隊より強い力で、自らの自由を守ることができるのです。」などの言葉が記されています。
さらに、16日の「私説 論説室から」のコラムは、「理性は武器にも勝る」と題して、9・11米中枢同時多発テロの報復でイラク戦争開戦に踏み切ろうとした米国に最後まで反対したフランスのドヴィルパン外相の名演説に言及し、「あの時の気高き精神をフランスは失ってしまったのか。」とISの掃討に突き進むフランスを批判しています。そして、記事は「しかし暗闇の中にも一筋の光明が見えてくるのがこの国の底力だ。最愛の妻を失いながら「テロリストの望みどおりに憎しみで応じるのは無知に屈することだ」と発信したジャーナリスト。理性という力である。」と結ばれています。
一連の記事で、レリスさん自身は知性という言葉を用いるが、記者は、憎しみや怒りにのみ込まれそうになったときに感情を制御する精神の働きを理性と呼んでいるようです。
森司教が指摘するまえから、「キリスト教ってこれだ!」というものを感じました。
「知性・自由・ことば」という武器によって戦うのは、フランスのカトリックらしいのではありませんか。
この「自由」は、本能や激情のままに行動することではなく、その逆で、感情や本能に翻弄されない理性の力強さを意味していると解釈できますので。
フランスではどのように受け取られているのでしょうか?
「パリの同時多発テロに対してフランス政府はISへの空爆を強化すると言っているが、テロは本来犯罪です。つまり法律で裁くべき行為です。しかし、フランスに限らず、それを大統領が意図的に「戦争」と呼ぶことによって、徹底的な捜査もせず、裁判もせず、事実の究明すらせずに、容疑者を殺害することが可能になるのです。こんな無法はゆるされません。」と伊藤真弁護士は言いました。
たしかに、真相は永久に葬られ、「容疑者」は裁判を受ける権利(基本的人権)だけではなく命も、問答無用で奪われます。
また、国内で外国人が大量殺人を犯したからという理由でその外国を武力攻撃するのは、国際法違反だとも聞きました。
裁判官と違って弁護士は信用できそうです。電力会社などに天下りしないからでしょうか。
憲法をはじめとする日本の国内の問題に関しては、日弁連が頼りです。
日本では、日弁連の会長声明が暗闇を照らす一筋の光です。