水蓮さま

水蓮さま

sekko · 2016-02-21 03:50:25 UTC+9 · 投稿 #839

今、毎日2000人の難民が来るというドイツのことを考えてもショックですが、レバノンなんか今や人口の四分の一が難民だと聞いて暗澹とします。

日本の「原発難民」のことも考えます。

一見中東とは関係ないように思われますが、差別はされないか、戻れる見込みがあるのか、どういう条件で ?、そして地震や津波の可能性はこれからもあるわけで、廃棄物の処理さえメドの立たない原発がある限り根本的な解決はできない、ということなど、一部の軍産や企業の利権や欺瞞がことを悪化させていることも共通しています。

中東からの難民についてのEUの対応について歴史的政治的に思うことはいろいろありますが、「人はすべて同じ体の一部分」というキリスト教イメージで考える時もあります。

自分自身、一時右腕が使えなくなった時、他の部分は右手に同情しても責めることはなく、できるだけのフォローをしました。

その結果、最もがんばった左腕が過労のために倒れ、いわば共倒れになったのですが、がんばる以外に選択肢はなかったし、共倒れの状態でまたいろいろ工夫して、できることとできないことを仕分けしつつ全体を動かしていったことがあります。(「たかが、肩」ブログ)

ISのことをガン細胞だと形容する人がいて、いくら空爆でシリアやイラクから追い払ってもリビアやエジプトやアフガニスタンなどに「転移」してもっとひどくなると言います。
それはほぼ確実でしょう。

で、ガンは手術するな、免疫力を高めろ、というように、ISも外交と政治だけで根治していくべきだと言うわけです。

その比喩を続けると、難民問題も、受け入れると治安が悪いとかコストがかかりすぎるとかいう当面の問題だけで受け入れたり拒絶したりできるような問題ではなくて、
人類はみんな「同体」だと思えば、みんなでフォローしあって、その結果生活の質が落ちようとも、寝込むことになろうとも、長い目で見れば、生活習慣をラディカルに変えて、体質改善をすれば、抵抗力、免疫力もついて再スタートすることも可能かもしれません。

そういう「変革」を受け入れない限り、病巣からは遠い他の部分がいくら「現状維持」したくて見ぬふりをしても、いつかもっと激しいリアクションにみまわれて壊滅することになります。

もっとも、「寛解」して再出発できたところで、やがてまた別の不都合、不具合、が起こるかもしれず、「機能」だけに注目していればいつかは必ず破綻したり停止したりするのは自明です。

それも視野に入れ、それを恐れず、「うまく機能する」こととは別のあり方、生き方(肉体の不具合や生死にかかわらず)がある、そこに招かれていると「信じる」ことではじめて恐れから解放されるのかもしれません。

お答えになっていないので恐縮ですが、「恐れ」を利用する人たちが発する言葉から距離を置いて冷静に考えようと思う時にいつも頭に浮かぶことを書いてみました。