2016年の投稿

訂正

tekko · 2016-12-18 20:31:00 UTC+9 · 投稿 #900

数日前にべトナムから帰ってきました。ベトナムの国を北ハノイ~南ホーチミンへ縦断ツアー(ハノイ~フエ~ダナン~ホンアイ~ホーチミン)でした。実際に見てきた感想はとても複雑で簡単には書けません。

帰って来てから「ヨーロッパの20世紀は75年しかなかった」を読み見直し、自分の文を読み、またまた間違えに気付きました。75年は1914年第一次世界大戦~1989年ドイツの壁崩壊までの75年ですね。基本さえ押さえられていませんでした。訂正です。

matamata teisei

tekko · 2016-12-12 10:36:16 UTC+9 · 投稿 #899

betonamu no
danan ni
kiteimasu.
teisei;sorenhoukai ha
1989nen desitane daiitijitaisen
14 purasu 11 ha
iko-ru
25nen
ni
narimasune.
anatano
itteiru
25nen
to
onajidesuyone.





訂正

tekko · 2016-12-07 23:33:49 UTC+9 · 投稿 #898

先のメールの第1次世界大戦の開始1914年~ソ連崩壊は間違いでドイツ・ベルリンの壁崩壊1990年です。

sekkoさま

tekko · 2016-12-07 23:27:39 UTC+9 · 投稿 #897

ミスのことはわかりました。ピアノのことはそうなんですね。なんといってもライヴは格別ですね。11月、辻井 伸行×ヨーロッパ室内管弦楽団によるオール・モーツァルト・プログラムの演奏会へ行って来ました。辻井君のチケットは今の日本では取りにくいのですがたまたまか取れました。本当に感動ものでした。不覚にも泣いてしまいました。私だけではなく他の方も泣いていたようです。たまたま、休憩時間に出会った方から聞いた話では辻井君がコンクールで優勝した時、ある審査員の方が余りの素晴らしい出来栄えに感動した余りその場に居られなくなり別室に駆け込んで泣いたとのこと、話を聞くに及び同感して又泣いてしまいました。常日頃感じることですが芸術の持つ大きな力だと思います。国、文化などの壁を越えて世界の人達が喜びを共有できるって、素晴らしいことだと感じます。

支援のことはその後郵便が届き、特定の女の子、アフリカに住む9才の女の子と繋がりました。距離は遠くとも顔写真まで届くところが繋がりが実感できてよいと思っています。こうなると返事が待ちどおしですね。私は5才の孫、女の子がいますが自我が出てきたようで「私は夏、暑くても絶対髪を切りたくない!」と言っていて長い髪を譲りません。それを思うとアフリカの女の子は髪が全くないのをみて、衛生上の理由はあるでしょうが、まず可哀そう!と気になりました。

小学校のボランティアのこと、そういう状況なんですね。我が家(東京、郊外)はすぐ前が学区域です。以前からほとんどの子供たちは塾通いが当たり前の世界です。私立学校を受験する子も多いし、後は補習塾ですね、よほど親がこだわりがあるか経済的な理由で塾に行かない子もいますがまず少ないですね。落ちこぼれにしないよう春・夏休みの補習授業はあります。平常の学校でボランティアはあり得ません。子供間のギャップを少なくするにはそちらのボランティアは良いと思います。その役を引き受けてくれる人がまず有りきですね。文化の違いもあって中々難しいものの子供たちに対する機会均等の感覚は必要と感じますね。

「ヨーロッパの・・・」をわざわざ読み返してくれたなんて嬉しいかぎりです!今回の説明を聞き、意味するところがはっきり浮かんできました。やはり、そういうことだったのですね。第1次世界大戦の開始・1914年~ソ連崩壊・1991年の間を指しているのですね。日本のメディアが毎年大きく取り上げるのはやはり第二次大戦、太平洋戦争、東京空襲、原爆のことが主で、それにひきかえて第1次大戦のことはそんなに大きく取り上げません。考えてみれば1870年普仏戦争(ドイツが勝利)、嫌みともとれるベルサイユ宮殿でのドイツ帝国王の戴冠式があり、それを恨みに思っていたフランスが第1次世界大戦でドイツに勝利、フランスが「このツケは全てドイツに取らせて見せると言って、ドイツに莫大な戦争賠償金を課せた結果、それを恨みに思って引きずったドイツが仕掛けた戦争が第2次世界大戦と簡単に言うとそうだと理解しています。その後~ソ連崩壊までのことはひとまず置き、第1次大戦後、それまで自信は何だったか?との自問ですよね。BS世界のドキュメンタリー・カラーでよみがえる第一次大戦のシリーズ3回をはじめはこわごわ観ました。確かに1914年たしか9月「クリスマスには帰ってくるからね。」と笑みさえ浮かべて戦場に向かったはずがまさかの悪夢になりましたよね。。戦争の泥沼化、塹壕戦、長期戦、世界史上初の総力戦(国民総動員)に至った結果終戦後、あのような悲惨な現実を目の当たりにして、愕然、茫然とし今まで正しいと自信を持ってきてしたことは何だったのかとの疑問・自問が出てきたのは当然だと思いました。自問した結果、精神の変革を果たしたはずだったのにあろうことか?又もや第2次世界大戦が始まり、その結果はもっと惨憺たる最悪の結果になりましたよね。戦後世界が二分化し、色々経て1990年東西分裂の象徴・ベルリンの壁崩壊に至る「先進国地域であったヨーロッパが~75年続いた。」と理解して良いですか?確かにですね。竹下さんのお考えがイメージになり、今回確認できました。ドキュメンタリー映像(カラー化)を見ると人間は疑いたくなるような極めて危険なことを平気でする生き物なのだと実感でき、怖いですが映像だと手に取るようにわかりますね。歴史は繋がりがあるので日本でも第2次大戦に繋がった第1次大戦のことも積極的に取り上げて欲しいです。特に若者たちに知ってほしいと思っています。これ以上話すと長くなりますので少しずつ進めていきたいです。急がなくともよいですから又、まとめをよろしくお願い致しますね。本当に楽しみになってきました。


tekkoさま

sekko · 2016-12-06 20:33:52 UTC+9 · 投稿 #896

メールの単純ミスや誤変換などは私もしょっちゅうやっていますから気になさらないでください。
(楽器でも、流れさえあればミスタッチなどは聞く方がちゃんと脳内で正しく変換して聞いてくれるから大丈夫、って生徒にも言ってます。ピアニシモなども特にピアノでは、弾く場所に置いてあるピアノの鍵盤の圧力によっては聞こえなくなったりするのですが、ライブでは違和感がありません)

貧しい子供の支援、すばらしいですね。旅行とは別の形で世界が広がって、いろいろな発見をなさることができるでしょう。

うちの近くのリタイアしている人たちの多くは、公立小学校の放課後クラスで、宿題をみてやったり補習を手伝ったりしています。塾などほんの一握りの階層のものですし、たいてい両親が働いているので、放課後も学校で自習できるシステムがありますが、かなりのシニア・ボランティアがいます。いいなあと思ってみています。

「ヨーロッパの20世紀は…」を読み返しました。そう、その後に、あれほどの反省にかかわらず、いや、反省が悪い方向に逸れてしまって、たった20年ほど後に第二次大戦に突入し、今度は前よりもぼろぼろになるのです。

いわゆる「先進国」地域であったヨーロッパがここまで失敗を重ねて、しかも空爆など軍備の発達で被害は拡大し、その後もイデオロギー的に分断される、というのが、75年続いたということですね。

今のEUの危機やそれに対処するやり方も観察しながら、いつかちゃんとまとめてみたいと思います。ようやく、20世紀を俯瞰する距離と識別力が整ってきた気がします。

訂正

tekko · 2016-12-06 06:26:54 UTC+9 · 投稿 #895

はじめのメールの中のはじめの方であなたのことを呼び捨てにしてました。不快にさせてごめんなさい。わたしの気持ちはあくまでも竹下さんです。

5日のメールの中の出筆は間違いで執筆でした。

追伸

tekko · 2016-12-05 08:36:49 UTC+9 · 投稿 #894

来年、春にお目にかかれそうですね。ミニコンサート楽しみにしています。春は旅行シーズンですし予定が分かるのは大体いつ頃になりそうですか?

余りおでかけしないのですね。良くお出かけになってると思っていましたが意外です。毎日沢山の出筆、読み物、情報集め、音楽の指導とかでお忙しいのでしょうね。

子供達との接触もいいですね。私のような高齢者の域だとどうしても同じような年令ばかりに偏りがちです。経験知はたくさん頂けますが。それだけでは物足りないですね。最近子供達、若い世代と接触できるとこがどこかにないかな?と探してました。愚痴ばかり言ってないでそのエネルギーが向かうべきところってどこかな?と思案しながら駅前を歩いていたところに大きな出会いがありました。

「公益財団法人 プラン・インターナショナル・ジャパン」です。困難な状況にある世界中の子供達への大きな支援、世界のスポンサーは約111万、チャイルドは約140万人とのこと。ディレクター・シングルマザーで頑張っている若い女性としばらく話をし、丁寧な説明を受けた後、早速登録しました。月額寄付です。ひとまず、胸の中で今のグローバル化した格差社会・世界の底辺で喘いでいる、その中でも満足に教育も与えられない一番の弱者・女の子とレター交換に成りました。今は遊んでばかりいる私が少しでも助けになってあげたい!という思いです。

私自身はかつては子供の大病の経験(その後治ったから良かったものの)どん底の暗い中にいた経験がありました。その時に一生分の悲しみの涙を流しながら暗いトンネルの中を歩いてきた自分の歴史(「ヨーロッパの20世紀は75年しかなかった。」暗いトンネルを避けることでなくあえて通ることによってのみ見えてくるものがあると、その結果、自問し精神の変革が起きたと、その後の人生の選択がどうするかによって決まってくると、逃げてはいけないと、そこが大事と)と重なりました。言いきってくださったあなたに感謝です。そこら辺が引っかかりでした。

個人の精神史と国・フランスの精神史がダブって見えました。と同時に私の暗かった時代その後の人生の歩みがよ~くわかりました。やはりあなたは人生の先導師でもあり、芸術他ではお友達ですね。ブログに出てくるイラン監督・アルファルガの他の作品も観てみます。これから一気に本格的な寒さなのでご自愛くださいね。元気なあなたを待っている人たちがいることと思います野で頑張ってください。エールを送ります。長々おじゃましました。

ありがとうございます!

tekko · 2016-12-03 13:59:07 UTC+9 · 投稿 #893

早速のお返事ありがとうございますね。確かに頭文字・1字違いですね。子供の頃そう呼ばれてました。縁を感じますね。本当は先生と呼ぶべきなのですがそれだと私にはどうもなじめません。親近感がなくなってしまい距離がかけ離れてしまいますので失礼ながらこれ以降も竹下さんと呼ばせていただけますか?「ヨーロッパの20世紀は75年しかなかった」は一旦、中断だったのですね。納得です。
是非、続きを書いてくださいね。又、楽しみで~す。よろしくお願い致します。それと映画「インフェルノ」やイラン監督の「別離」の感想のこと、私の観た感想とよく似ていてそれも驚きで新鮮です。特に「別離」は感動ものの映画です。ドラマの結末が示されてないとこが気に入ってます。鑑賞者、一人一人の胸に対する問いかけで終わっているところが素晴らしいと感じます。ストーリーの途中で結末が透けて見えてくるような映画より優れものと思います。

取り急ぎ、お礼まで。

又近く旅行、ヴェトナムツアーが予定されているので、帰って来てからルームに参加させていただきますね。

Tekkoさま(一字違いですね)

sekko · 2016-12-01 23:03:38 UTC+9 · 投稿 #892

築地(です)本願寺のコンサートにいらしていただいてありがとうございました。

来年には春に東京で日本のなかよしの神父さまとミニ・コンサートを、秋に山口県や東京でトリオのメンバーとバロック・コンサートをやる予定です。またお知らせしますね。

「ヨーロッパの20世紀は75年しかなかった」は面白い切り口の話なのでシリーズで書いていくつもりが中断してしまいました。でもその面白さをキャッチしていただいたのは嬉しいです。

いろいろなところを旅行なさっているのですね。グループの皆さんと分かち合いできるのもすてきですね。

今は多くの方が旅行記や写真をネットで公開してくださっているので、私も集合知みたいなものの恩恵をおおいに受けています。
ヨーロッパに住んではいますが、引きこもりがちであまり出かけませんが、皆さんの旅行記や写真のおかげで楽しめますし勉強もさせてもらっています。

私のブログの方は、特に読者を想定していないので、「分かりやすく書く」努力はしていないのですみません。今書いている新書用のキリスト教の本は「分かりやすい」を努力目標にしていますが、どんどん面白いことを発見中ですのでぜひ皆さんと分かち合いたく思っています。

私の人生には残念ながら「覚醒」のような出来事はありませんが、ネットも含めていろいろな方との出会いを通して教えていただくことのありがたさを年々感じています。

昔は出版社を通して送っていただく読者のお手紙が唯一の絆でしたが、今はこうして励ましをいただけてそれにも感謝です。
同時に、ネットにアクセスしない方々とのご縁が遠くなったことに寂しさと罪悪感も覚えています。できるだけ誠実な発信を続けていきたいと思います。

ありがとうございました。

覚えていてくださいますか

tekko · 2016-12-01 17:32:09 UTC+9 · 投稿 #891

一昨年、東京、西本願寺でのコンサートの際のこと。普段ブログを読んでいたのでお目にかかれると 知り
足を運びました。会館の入り口に入った時竹下らしき姿が見え、感激の余り近づいて失礼ながらも名前を言うのも忘れ、話しかけたのが私です。あの時は驚かれたでしょうね。私はやっと本物に会えた!という感じでした。その時お話しした通り、竹下さんとの出会いは18年ぐらい前?ですかね。あることがきっかけで大げさかもしれませんが「覚醒」の感があり、その後の自分が見る周りの様子が180度変わって見えました。これって、どういうことなのかともわかりませんでした。いかにそれまでの自分が無知だったかということに気付きました。では自分は大げさかもしれませんが自分の立ち位置、人類史の時空間のどこに立っているか知りたくなりました。それからですね。世界史を学び始めたのは。まず、キリスト教のことと、「知の教科書」との出会いが始まりでした。その後地域の世界史の会通史やフランス史で学んだり、他の歴史の会・ヨーロッパの中世史の会に入会して今も続いています。あなたのブログは宗教の話は私にはとても難解で正直のところついていけません。時々すごく共感したり、新しい発見に出会えます。その中でも「ヨーロッパの20世紀は75年しかなかった」が妙に引っかかり、何度も読み返しているうちになるほどと共感し、プリントしたものでレポートしました。当然ですが反応は一様ではありませんでしたがある男性のメンバーは私に「おかげで良いものを読ませてもらった」と言われました。理解し合える出会いが良いです。竹下さんのお蔭です。ブログのお蔭でもありますね。私はなぜだかヨーロッパに惹かれて海外旅行ツアー、友人と個人でも行って来ました。昨年は4回でした。今年9月にバーゼル、ポルトガル発祥の地であるポルト、足がかりにして、スペインコンポーステラ、コインブラ、ブサコの戦いがあったブサコのポサーダ、バーゼルに一旦戻り、友達の案内でフランスのコルマールへとの周遊でした。その時の写真好きな私の約500枚の写真と旅のレポートを会で頼まれ今も続いています。メンバーの人達がとても喜んでくれています。甲斐があります。帰国してからブログを見たらなんと「今、ファティマに来てます」があって、びっくりしました。偶然ですよね。9月下旬でした?それ以前にファティマの奇跡を知り行きたかったのですが今回は北部地方だけでした。いつか行けたら行ってみたい、ディアナ・カステラのポサーダに宿泊し大西洋を見たいと思ってます。長くなりますから今日はここら辺で終わりにしますが私は迷った時あの竹下さんだったら何というだろうか?と思うぐらい今の私にとってあなたは人生の先導者のような存在です。これからもどうぞお元気でご活躍くださいね。10月は残念ながらコンサート鑑賞が決まっていたので残念ながらお目にかかれませんでした。又、日本に来日の折はご挨拶に伺わせていただきますのでよろしくお願い致しますね。ちなみに年齢は1949年生で女性です。

愚者さま

sekko · 2016-11-16 03:54:40 UTC+9 · 投稿 #890

そうですね。フランスでも一部の人たちはBrexitもトランプ当選も、暗愚の極みのように言いますが、それでは物事の本質を見失うなあと思います。

大きい声では言えませんが、トランプ当選がそんなにプアホワイトの反逆なのかと疑問です。危機の時代に先祖返りしただけじゃないのか、つまり、開拓時代からの、先住民虐殺、人種差別、いつの時代も「自分たちの後の移民」にはドアを閉めてしまいたい、それでいて、なりふり構わず「金持ちになる」のがアメリカンドリームの目的地、みたいなのが、DNAに組み込まれているんじゃないのか、トランプはそれにぴったり合致しているので、広く支持されるのは全然不思議ではない気がするのです。

それに比べたら、イギリスもフランスも日本も、ずっと上品というか、たしなみがあるというか、「アメリカとは異質」という意味で似ているなあと、昔から思っています。
少なくとも、私はアメリカにずっと住めるタイプではないです。ニューヨークのような特殊にインターナショナルなところでだけ暮らすのはできると思いますが、全体のベースにあるメンタリティが怖いです。

まあフランスの状況もとてもほめられたものではないので、どいつもこいつも、目糞鼻糞という感はありますが、新自由主義的メンタリティのエゴイズムは自分の中にも絶対に巣くっていると思うので、やはり心して、エゴイズムの誘惑と戦いながら生きていかなくては、と、自分を戒めるきっかけにはなりました。

sekko様こんにちは

愚者 · 2016-11-16 02:52:41 UTC+9 · 投稿 #889

久しぶりに米大統領選挙に関するsekko様のブログを読んで安心しました。というのも、日本ではメディア、一般人、知識人の大多数が「政治的に正しい」意見一色でしたから。
大統領として、リベラルなインテリ女性よりも、保守的で成金の差別主義者を好む人は知的レベルが低いという会話が、いたるところで挨拶のように交わされていました。
それでも、一部の米国をよく知る人は、メディアのほぼ全てが常軌を逸したトランプ叩きを繰り広げていることをつぶやいたり書いたりしていました。
また、TPP反対の中のリベラルな有識者たちはクリントンのクの字も言いませんでしたから、この人がなんちゃってリベラルであることも少しは伝わったと思います。しかしいまだに、クリントンは平和志向、差別反対、寛容で、トランプは偏狭で下品なタカ派オヤジという見方が支配的です。
トランプの等身大(かもっと大きい)卑しい顔の腹の突き出たヌード人形を仕立ててデモ行進をしたり、メディアがえげつない誹謗中傷を浴びせ続けたのはアメリカという国の趣味の悪さをよく表していました。
トランプ氏がlgbtや移民などのマイノリティを排除?したがっている、との批判があるそうですが、憲法が人権侵害や人種性別思想信条による差別を禁じているはずだし、トランプは「すべてのアメリカ人にとって居場所のある国にする」と選挙演説で訴えたという報道もありました。イスラム教徒を入国させないという発言を、本当にしたのでしょうか?
なにが本当で、なにが偽りや歪んだ情報なのか、見極めるのは難しいです。
名乗りをあげようとした人の中で唯一人適任者だと思われたサンダース氏が出なかった時点で、だれが勝っても史上最低の大統領になるといわれていたのではなかったでしょうか。
クリントン側の応援団には度肝を抜かれました。
クリントン家もトランプに劣らない富豪といわれていますし、応援団には、一見してわかるだけでもマドンナ、レディーガガ、ジョン・ボンジョヴィ、ブルース・スプリングスティーンといった億万長者の富豪たちが勢揃い。(ボブ・ディランの姿はもちろんありませんでした。)これほどの豪華なセレブ芸能人軍団が応援する陣営が負けたのは前代未聞らしいです。
石原慎太郎や子息の選挙に俳優たちが駆けつけて登壇する情景を思い出しました。
ところで、ここまでメディアから毛嫌いされると、トランプは案外まともなんじゃないか、とも思いたくなります。メディアが支持する政治家は、日本ではろくでもない人ばかりですから。
米軍が去ったら、中国が沖縄に侵入し最悪の事態になる、と言う人が多いですが、日本に「外交」というものがあるならば、その知恵のみせどころになるのではないでしょうか。
二千年の歴史と文化を持つ国らしく、腕力や金力で競うのは体力自慢の若い国々にまかせて、知恵や文化で世界に貢献する路線に舵を切って欲しいです。EUのいくつかの国々やバチカン市国のように。漠然としたおしゃべりを長々と失礼しました。

嬉しいお知らせをありがとうございます。

sekko · 2016-10-11 19:54:28 UTC+9 · 投稿 #887

巡礼地に行くと、多くの人が真剣に祈っているので、私自身についての祈りはどうせ届かないだろうと最初からあきらめているのですが(そんなこと勝手に自分の尺度でいうのもファティマの聖母に失礼ですが…)、他の方たちのための祈りは通じるだろうなあといつも思っています。

vénardさまがこう言ってくださることが実は私にとっての恵みなんだなあと再認識です。

23日ですが、実は事情があって出席しないのです。その代わりと言っては何ですが、主催の宮野夫妻にファティマのお土産のメダイ(ファティマの土入りね)をことづけます。お受け取りください。
30日の真生会館の講座はもちろん行きます。その前後でもお会いできます。
あるいは23日に宮野夫妻に連絡先をお渡しくだされば、メールできます。

この件についての私の活動方針をご説明できます。





竹下先生、お祈りありがとうございます

vénard · 2016-10-10 23:42:32 UTC+9 · 投稿 #886

私のためにファティマでお祈り下さって、感謝します。お恵みがありました。このところ、宣教会の最後の一人、大尊敬しているA神父様が入院され、多忙もあって、ミサが間遠になり、心細い思いがありました。
しかし、今月8日になって、23日から三日間の休みが取れたことがわかったのです。ひそかに、23日開催の、LGBTのための、晴佐久神父様司式の特別ミサに参列できれば…と願っていましたが、仕事が立て込んでいる今、半ば諦めていたので、喜びもひとしおでした。

そして…その夜、目覚める前のわずかな間でしたが、印象的な夢を見ました。おぼろげなイメージの中ではあるのですが、なにか尊いものの影が、私の胸の辺りに向けて、こういいました。「わたしは、集めるために来た」「あなたを、集める」。その「集める」は、近づける、とか、引き寄せる、という意味を帯びていました。胸に「来た」ので、頭よりもハートに、それは伝わってきました。ありがたい…という感情の中で目覚めました。

23日の主日ミサの福音は、ルカ18章9-14節「祈るために宮に上ったふたりの人」の箇所でした。胸をたたいて祈る取税人の姿は、MJ を彷彿とさせます。「神さま、…」と祈る私はもう光のなかにいると、先生がおっしゃって下さった意味が、少しずつ分かってきました。

vénard さま

sekko · 2016-09-25 03:15:38 UTC+9 · 投稿 #884

>>「何を書けば恥をかかずに済むだろうか…」と迷ってしまったのも一因です。

そんなことおっしゃらないでください。
私の書いているものがひょっとして役に立っているかもしれない、と思うだけですごく励みになっています。

MJですが、彼の書いたものや、若い人たちへの献身的な助力や、最後に殺された時の事情など、全部を知る必要があります。彼の死の後も社会からの侮辱は続きました。でも、今はサン・ブノワ・シュル・ロワールそのものが彼の聖地みたいになっています。彼の生き方は、彼の「死後の生き方」に確かにつながっています。

>>うらやましい、というか、ちょっとずるい。愛と罪とに振れながらも、いつの間にか霊的にはある確信を得て前進するMJ が、なんだか遠い人のように見えてきたのです。振り子の紐はイエスその人が握っているから、不安定なようで盤石。それにひきかえ私は、MJ が後にした「暗さ」「罪深さ」の心境にいるようです。

光に向かって進むたくさんの道があるというのでなく、「光の中にいる」ことにいつ気づくかということなのではないでしょうか。

私も神秘体験などを得る人が、「遠い人」に見えるのですが、私のようなタイプの人が「神秘体験」をしたら、かえって迷いの種になって混乱するだろうなと思います。

>>神さま、…と、なぜか祈りたくなりました。

とおっしゃるvénard さまはもう光の中ですよ。

>>『新カトリック大事典』(研究社、2002年)で、「同性愛」の項を引いてみました。最後の記述に「すべての人の尊厳は認められなければならないし、同性愛者が人格喪失者として排除されることがあってはならない。同性愛者の人権も無視されてはならないのである。」とありました。

わざわざ同性愛についてこう書かれているのはもちろん歴史的に排除してきた間違いに対する反省です。でも、他のマイノリティもみな同じです。

「主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされたのである(使徒言行録/ 02章 47節)」

ですよ。

>>>「à celui qui est mort pour moi.」私のために死んだ人に捧げます。

私の寝室にある修道院から来た大きな十字架があって、そのイエスはとても苦しそうです。
はじめは、せっかく復活したのにいつまでこんな苦しそうにしてるんだろう、不健康だ、とか思っていたのですが、ああ、きっと世界中の人が毎日彼をあらたに十字架に釘打っているんだろうなあ、と思うようになりました。しかも、こんな気の毒な十字架の人にいろいろ祈願し続けている人の数も膨大だろう、と。

そう思うと、「すくなくとも今日は釘を打ちたくない」と思い、またvénardさまと同じ年のイエスが私の息子のような年になるにつれて、彼を何とかしてこの十字架から降ろしてあげなくてはと思うようになりました。今は毎朝、苦しそうな彼を見ると、「わかった、わかった、ママががんばるから」みたいな気になります。

vénardさまの姿とも重なってしまいます。

MJの物語はすべての人の希望につながる物語になるはずです。

そういう物語を、いっしょに、紡いでいきましょう。

ファティマに向かっています。
vénardさまにためにお祈りしますね。

(無題)

vénard · 2016-09-24 17:20:39 UTC+9 · 投稿 #883

お返事が遅くなり申し訳ありません。夜勤の休憩時間に読ませていただいて、ヘロヘロだったのですが元気が出てきました。しかし帰宅後、数冊のハードカバーの立派なご本を手に取るにつけ、「何を書けば恥をかかずに済むだろうか…」と迷ってしまったのも一因です。

もう1つは、記事を読み進めて、MJ の問題をわが身に引き比べてもの思ううちに、苦しくなってしまったためです。同性愛が罪深い存在とされた社会にあって、自己嫌悪その他で「まっくろくろすけ」みたいになる危機を、イエスを見るという類稀な賜物を授かって免れたMJ 。ふつう感覚では捉えられないはずの「愛」の、「そのもの」の方と対峙したのですから最強です。うらやましい、というか、ちょっとずるい。愛と罪とに振れながらも、いつの間にか霊的にはある確信を得て前進するMJ が、なんだか遠い人のように見えてきたのです。振り子の紐はイエスその人が握っているから、不安定なようで盤石。それにひきかえ私は、MJ が後にした「暗さ」「罪深さ」の心境にいるようです。

手元の辞書を開くと、en être 同性愛者である、お仲間である、と出てきました。この単純な作りのことばの語感から、当時のMJ の周りの声が、ふいに立ち上がってきました。
「ムッシューマックスはアルティストでお仲間さんだとさ」「ほら、神父さまの前でぱっくり開けてるあの口でゆうべ」 (…って、書いてて胸が痛いです)

神さま、…と、なぜか祈りたくなりました。MJ に賜ったような「お前は愛されているよ」という確信を、私にも下さい。そして、その愛に応えることができますように。その「応え」とは、聖テレーズが「階段の下で足を上げ続ける幼子」と、聖ラファエル・アルナイスが「絨毯の端を伸ばしてばかりいる道化」とたとえ、MJ が「ささやかな改悛の積み重ね」といいました。己の罪を、あなたへのリスペクトのうちに悲しむことです。もし愛なしに自分を悲しむとしたら、私は「まっくろくろすけ」になってしまうでしょう。

今日は夜勤明けでしたが、思い立って『新カトリック大事典』(研究社、2002年)で、「同性愛」の項を引いてみました。最後の記述に「すべての人の尊厳は認められなければならないし、同性愛者が人格喪失者として排除されることがあってはならない。同性愛者の人権も無視されてはならないのである。」とありました。

フラつきながら宗教の棚へ。引かれるように、先生の『知の教科書 キリスト教』を手に取りました(『聖母マリア』『「弱い父 ヨセフ」』は持ってます)。先生の作品は、巻頭のフランス語の献辞がカッコいい!と思っていたのですが、あれ? 巻末にある。

「à celui qui est mort pour moi.」私のために死んだ人に捧げます。

死んだ人?? …気がつくまでにちょっとかかりました。
その死んだ人は。私のためにも死んで下さった方だ。
人は、無視したり、人格がない、と言ったりするかも
しれない。でもイエスは、黙って、オカマの私のためにも死んで下さった。
…ちょっと、キリストと対峙できた気がしました。

私も、MJ が生きた道に呼ばれている…のかな?
まとまりのない長文失礼しました。

なるほど。

sekko · 2016-09-21 03:17:18 UTC+9 · 投稿 #882

そうか、Théophane Vénard なんですね。そういえばテレーズ(私も持ってますよ、聖遺物!)のことをおっしゃっていたから納得です。彼は31歳で殉教ですね。パリ・ミッションのクリプトで見ました。

私は10月に大阪の田辺教会に、この教区を1931年に開いたパリ・ミッションの司祭の曽甥にあたる人と「巡礼」に行くんですが、この司祭は、戦争に入った日本からスパイのようなことを命令されて拒否して日本にいられなくなり追放されてベトナムに行って、ベトナムで爆死しました。

でも、ヴェナールのように、小さい時からベトナムで殉教したいって憧れを持つ人を生む社会と時代って何なんだろう、と思ってしまいます。

vénardさんって、なんかもうすでに、すごくカトリックじゃない?
神さまからとっても信頼されてるって気がしますよ。

テレーズとヴェナールつながりで、何かのミッションを託されてるんでしょうね。
楽しみです、って何が?

仕事が一段落しました。聖なるものと神と宗教と権力への志向と政治、戦争、などの関係を書いた『ナポレオンと神』です。前に白水社の『ふらんす』に連載していたものをベースに青土社から出します。結局は「人間と神」の物語です。週末にはファティマに出かけるのでMJはお休みすると思いますが、引き続き読んでいただけるようがんばります。

vénardは…

vénard · 2016-09-20 12:41:28 UTC+9 · 投稿 #881

お忙しい中ありがとうございます。もっともっと劇的になるのですか…。楽しみですけれど、どうか、ご無理なさらないで下さい。

「与件」は罪とはいえない。けれど、「少し」でも、神から来るような愛をキャッチできれば、ある領域からは、確かに「罪」であることがわかってくる。これは、恐れでも、断罪でもないのですね。絶対的に肯定され受け容れられて、自発的に抱く、神への「畏れ」。「そんなことをしているお前も好きだよ」という神の声に耳を澄ますと、「でもほんとうは寂しいよ」と、MJ には聞こえてきたのかもしれませんね。

HNは、『聖者の宇宙』の「聖者カレンダー」にも登場(2月2日)したパリ外国宣教会のThéophane-Vénard 神父さまから頂きました。当時は尊者だったこの殉教者を、テレーズはとても好きで、帰天の3週間前、神父のご遺物が届いたときには、嬉し涙を流したそうです。
大きな声では言えないですが、私の手もとには、テレーズとテオファヌ神父のご遺物が一緒に並んでいます。

日本FEBCのネットラジオを好んで聴いていますが、昨日19日の放送で、晴佐久神父さまが「"善き盗賊"が、出た」話をされていました(来月2日まで聴けます)。天国の住人たちの時を越えた活躍を頼みにできるのも、カトリックのいいところだなあ、と思っています。

ご感想いただけて嬉しいです。

sekko · 2016-09-19 17:59:20 UTC+9 · 投稿 #880

私こそありがとうございます。
実は今、すごく忙しくて、何度も、MJの連載、ちょっと休止します、と書こうとしたのですが、vénard さまにこうして読んでくいただいていると思うとやめられません。
(来週はフランスを離れているのでお休みすると思いますが…)

MJは1936年にロワールに戻るんですよ。その後もっともっと劇的な展開になります。

私はブログの「精神の健全さ」シリーズでも何度か性的マイノリティのアイデンティティについて触れました。この基準に照らすと、MJってすごく「健全」だよなあって私には思えます。

MJは膨大な書簡が残ってるのでお友だちみたいな気がします。
そのうち巡礼記も書きますね。

vénard ってHN、マルク・ヴェナールと関係ありますか?

お返事ありがとうございます

vénard · 2016-09-19 00:10:38 UTC+9 · 投稿 #879

一読者としてとても嬉しいお言葉をいただいて恐縮です。

隠棲先のMJ が、ルクリューズのような敬意も受けず、ダイアナ・ヴォーガンのように歓迎もされず、パリでの行状のレッテルを貼られたままの異物扱いだったこと。パリに戻って隠棲前の暮らしを再開したこと…。回心の物語としては非情なまでにリアルで、胸を衝かれます。マザー・テレサが青空学校を始めたとき、子どもに字を教え、褒美に石鹸を与える姿は、後の協力者エドワード神父には「全体があわれで、馬鹿げている」と映ったそうです。情事の翌朝、告解を求めて所在なげにチャペルに佇むMJ と、マザー。人の目には哀れに映りますが、神の目には違ったでしょう。

私が教会に「復帰」した日の説教で、宣教会の最後の一人になったA神父さんは「愛されているとわかりますように。そしてその愛に応えることができますように、これ以上の祈りがあるでしょうか?」と言うなりニヤリとしました。7年の隠棲がMJ には無意味だったか、いや、MJ は祈りの生活で、男たちが与えたのとは違う愛で愛され、それに応えようとしたのでしょう。

「犯した間違いを詳しく知ったところで、あなたの魂に感じるわたしの優しさが薄れると恐れているのでしたら、わたしのことを全然よくわかっていないようですね!」と、リジューのテレーズがモーリス・ベリエールに書き送った、その「愛」。でもその夜、MJ はおもむろに街に消えるんですよね…。

記事中のプーランクの名前で思いだしたのですが、ベルナノス『カルメル会修道女の対話』の結末で、終生小心で怖がりだったブランシュ修道女が断頭台に向かうとき「顔からは、あらゆる恐怖があとかたもなくぬぐいさられている」とあったのが以前から印象に残っていました。お返事に書いて下さった「乗り越えた先の、喜び」が現れた、晴れやかな表情だったのでしょう。

phantomさま

sekko · 2016-09-15 00:51:26 UTC+9 · 投稿 #878

ありがとうございます。

私はブログに限っては、普通のブロガーとは逆で、「読者を意識しないで書ける」場というスタンスなので、コメント欄もしっかり閉鎖しているのですが、こうして楽しみにしているとおっしゃってくださると、ほんとうに嬉しいです。

アーティストの劇的回心物語はものすごくたくさんあります。
見神系の神秘体験話は大好きなのですが、いつもまず眉唾で、神経症の症状かなんかを聖性に結びつけていくシステムの動き方の方に関心があります。私は、たぶん今これを書いてるPCの画面にキリストが現れても「見ない」だろうなあと思います。「厄介ごとに巻き込まれたくない」と無意識に思ったりして。

ほんとうはずっと出てたりして。ごめんなさーい。
でも、向こうが私を見てくれればOKです。

アーティストには霊的なことに関して結構偽悪的な人がいて、そういうことには「悩まないこと」がクリエーターの資質みたいな人もいますが、「悩みや苦しみをないことにする」のが本当に正しい選択なのかは分かりません。

見神体験が「こちらの世界」の基準で言うと「本物」なのかどうかは別にしても、「回心物語」の中には抗えない真実性が迫ってくるものがあって、憧れると同時に、その「ほんもの」によって自分の何かが少し変わっていくとしたら、それが「賜物」というものなのかなあなどと思っています。

MJの回心

phantom · 2016-09-14 21:55:26 UTC+9 · 投稿 #877

竹下先生、こんにちは!
いつも大変興味深くブログを読ませていただいております。いつも素晴らしい記事をありがとうございます。
現在続いているMJの回心の記事に非常に心惹かれ、ハラハラしながら読み進めています。
私もvenardさん同様、『聖者の宇宙』のジャック・フェッシュの回心を思い浮かべながら読んでいました。
この種の劇的な回心の例は日本ではあまり聞かないので、とても惹きつけられます。
これからも更新を楽しみにしております!

venard

sekko · 2016-09-13 23:50:51 UTC+9 · 投稿 #876

ありがとうございます。

すごく励みになります。

33歳、イエスの最後と同じ年ですね。これからです。どんなことでも、それを乗り越えることが喜びにつながるような形をさがして乗り越えていってください。

現実の教会だとか、生身の司祭や信徒だとかだけを見ていたら躊躇することでも、その向こうにある何かを先取りしちゃってください。

今日からはもうvenardさまのことを思いながら書きます。

ジャック・フェッシユにも感謝です。

マックス・ジャコブ

venard · 2016-09-13 12:13:06 UTC+9 · 投稿 #875

初めてお便りさせていただきます。

先生がブログで始められたマックス・ジャコブ の「回心」の記事を、何か痛いような、ハラハラするような気持ちで読んでいました。洗礼に憧れながら、いまだ求道者としてミサに出入りするだけの33歳の同性愛者の私には、MJ の闇と、そこに音もなく顕現した恩寵の温もりが、少しだけ理解できる気がしたのです。

ふと、先生が『聖者の宇宙』のジャック・フェッシュの項でお書きになった一節、「一番ありそうにもないところに与えられてこそ恩寵という名にふさわしい」が思い出されました。当時、回心後も心情的には同性愛から抜けきっていなかった弁護士、ポール・ボデが、ジャックにとっての「恩寵」の伝え手となったことは、「恩寵」の懐の深さでしょうか。

彼に現れたイエスの絹の上衣が黄色だった…というのも興味深く読みました。教会ではあまり歓迎されない色ですよね。MJ の回心の行方、楽しみにしています。

著作物利用のお願い

鵜飼恵里香 · 2016-09-03 21:34:22 UTC+9 · 投稿 #874

突然のメールで失礼いたします。 私どもは
東京・日本橋にあります燦葉出版社とカトリック教育学会より依頼を受け、
宗教倫理資料集『福音のミネラル』(高校・大学生版)という本の編集を担当しているものです。


この度、『福音み~つけた!』高校編に『カトリックサプリ3人生に希望のためを蒔く25の話』から「ハンディと共に生きる」を掲載させていただきたく、メールさせていただきます。なお、刊行を9月30日予定しておりますので、早急にご連絡いただければ幸いです。

『福音みつけた』の規格趣旨および、刊行日等の概略は下記の通りです。


「福音みつけた――「宗教」「倫理」を考えるために」中学編

著者:日本カトリック教育学会編

B5判 80ページ 並製 頒布価格 600円

初版予定部数:3000部

刊行予定:9月30日


企画趣旨

この書が意図しているところは、キリスト教がもっている 《福音》 を社会に紹介するというアプローチではありません。むしろ、社会の中にある 《福音》 を授業の中に取り込むというアプローチを大事にしています。《福音》 はキリスト教だけが排他的に持っている独占物ではなく、教会の外で行われている福音的な活動の理念と実践の中に表現されている 《福音》 を意図して取り上げています。

キリスト教の内部でしか通じない独特の用語を使うことを避け、普通の社会で通じる言葉で 《福音》 を語ることを意図しています。

この種の書がもちがちな、いわゆる「宗教臭さ」「キリスト教臭さ」「独善性」ができるだけ脱臭された、一般の生徒・学生にも抵抗なく読めるような資料を優先的に集めています。




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