スカーフ、ベール・・・

スカーフ、ベール・・・

水蓮(♀) · 2016-03-15 19:33:57 UTC+9 · 投稿 #845

ブログでイスラムのスカーフについてお取り上げでしたので、また出てまいりました。

私の住む町にはトラムが走っていますが、先日トラム内で見た女性…おそらく北アフリカ系なのですが…ごく普通の事務所勤め人風の外見でしたが、トラムを降りるなり、バッグから?ポケットから?スカーフを取り出して被って歩いて行きました。おしゃれスカーフでなく、イスラームの女性が被る、あのスカーフです。彼女にとってのスカーフは、イスラームがどうこうと言うのでなく、自分の居住区へ戻るための必需品、他の住民に「私も共同体のメンバーです」と示すための、そこの男たちに「あばずれ女」扱いされないための道具でしかないのではないかと思ったのです。

もともとイスラームのスカーフは、人中で女性が目立たないようにという目的だったそうですが、現在のフランスでは効果は逆で、識別道具となっています。私はスカーフを被った女性とすれ違うたびに、その宗教と男尊女卑思想を顔面に突きつけられたような気分さえします。実際、日本人でイスラームに改宗したある女性(故人)はその入信記で「ヒジャーブを被ることで、私はムスリムです、と口を開かなくても証言することが出来ます。黙ったままでも居るだけで絶えずアッラーの存在を人々に喚起することができる」と書き、本来の「目立たぬように」とは随分違った着用目的をもっておられたようです。

翻って、私がまだ日本で教会に通っていた頃、ある日見知らぬ年配女性からミサの後で呼び止められて、信者であるか否かを質され、信者なら聖堂ではベールを被るようにとお叱りを受けました。「イエス様も聖書でそうおっしゃってるから」だそうで(はああ???)女性の頭の被り物を言ったのは聖パウロで、当時のユダヤ教の…と反対にこの方に説明したいのをグッとおさえてその場をおさめました。後に知ったのは、この女性はベールを被らず聖体拝領した人がいると後で声をかける…ということを自らに課しておられたらしいです。つまり、彼女はベール=識別道具としていたのでした。(男性のチェックはしなかったのか?とつっこみたいところです。)

イスラームのスカーフもカトリックのベールも、神や信仰は二の次で、実は他の人間に見せるために身につける人が多いんじゃないか?なんて感じるのです。長々と失礼いたしました。