水蓮さま

水蓮さま

sekko · 2016-03-15 21:03:38 UTC+9 · 投稿 #846

そうですね。

もともと中東の女性のスカーフというかベールは、「既婚女性」、すなわち特定の男の所有物なので性的対象にはできないという指標だったと聞いたことがあります。で、キリスト教で神への奉献生活をおくる女性も「イエスと結婚した」ということで、「結婚可能」市場から離れる意味でベールを被ったと。

それが逆に、いつか、髪を見せるのは男を挑発している、みたいな考えにも向かったようで、子供以外の女性はすべて「髪を隠せ」、のようになり、あげくは、髪を隠していない女=不信心者、あるいは異教徒だから乱暴してもOKとまでの逸脱があるのが現状です。

ケルンでの暴行について、イスラム差別と言われるのをおそれて口をつぐむメディアをエリザベト・バダンテールらが女性擁護の視点から激しく弾劾しています。

私がパリである講演をしたとき、参加するのに服装規定はあるでしょうかという問い合わせがあり、驚いていたら、イスラムに改宗された日本女性でスカーフをつけていたからでした。

日本人にとってのイスラムとかフランス人にとっての仏教とか、文化的に大きな隔たりがある宗教に成人以後に改宗する人、特に女性は、「かたち」へのリスペクトもとても重要であるような気がします。

日本のカトリック教会のベール、私も大晦日にテレビの「ゆく年くる年」で「はい、長崎の教会」というシーンで女性がベールを被っているのを見てはエキゾティックだなあと思っていました。スペインでは黒のマンテイーリャが今でも見られますね。

パリでは聖ピオ10世会系の教会のミサでは、さすがに被っている人がいますが、別に誰が潜入しても、見とがめられたりしません。(聖体拝領するとまずいのかな)

バリ島の寺院の観光でパレオのようなものが配られてそれを身に着けて入ったり、東京のモスク観光で女性がスカーフを配布されたり、プラハのシナゴーク観光で男性がキッパを配布されたり、パリの仏教寺院でフランス人も靴を脱がされたり、など、いわゆる「聖なる場所」で、人々がドレスコードみたいなのを守るのは当然のような気がします。

でも、住んでいる界隈でそれが強要される圧力があるのは、そこ全体が「聖なる場所」だと言われているようで、「聖性」とは関係のない支配構造を感じてしまいますよね。

特に、マイノリティとはいえ数的には人類の少なくとも半数を占める女性が自由に生きられない限り、他の差別や支配構造も本当に解消することはないでしょう。