小寄道さま
ご愛読ありがとうございます。
ブログは手軽にいろいろコメントされると心を乱されるので自分の覚書というスタイルに徹してコメントを閉鎖しています。エゴサーチとかもしませんし、できるだけ目立たないようにひっそり生きるのが平和の秘訣?という方針なのですみません。
でもだから逆にここでわざわざ声をかけてくださる方があると感激です。
小寄道さまのブログも拝見しました。(かってに脳内おともだち認定させていただきました。)
しかも、ついつい思い入れを吐露してしまったスピヌーに捧げた記事に反応してくださって二重の感激です。これも聖スピヌーのご利益?です。写真の転載でも記事のリンクでもなんでもどうぞ。列福調査の申請署名を集めたいくらいです。(というのはいくらなんでも冗談ですが)
でも、一般に、じぶんちの猫を賛美しても、関心を持たれないことはあっても、批判はされないので助かります。これが自分の親とか友人とか子供とか国とか共同体の賛美なら、揶揄されたり嫉妬されたり反感を持たれたりしがちですが、猫だとその関係性に「下心」の想像の余地がないからなんでしょうね、きっと。
小寄道さまのブログからF爺様のブログにもおじゃましました。
不思議だなあと思ったのは、お二人とも大体私と同世代の方だと思いますが、「老人」とか「爺」とかの形容を使っていらっしゃることです。他にも同世代か少し若い男性の知り合いで自分のことを「年寄り」と自称して書いていらっしゃることがあります。
女性は「老人」とか「婆」とか自分で言っているのはあまり聞いたことがなく、自虐でもひたすら「オバサン」とか「おばちゃん」とかです。
私はオバサン論で、「日本語のオバサンという言葉は、オバアサンにならないための最後の牙城なのか」と書いたことがありますが、やはりそのせいなのかしら。
そして、女性がめでたく90歳になったらなったで「なにがめでたい!」と叱られそうで…。
男性なら100歳を超えても新老人運動しようよ、生き方上手になろうよ、とか「老人」にわりとポジティヴなのかなあ、と思います。
昔、水上勉さんの60歳の誕生日にパリでお会いしたことがあります。
まだ女子学生だった私に「老賢人」風の自己演出(今にして思うと)をしていらっしゃったような…。
今は、同世代も含めて後期高齢者の友人もたくさんいまして、誰もほんとはレトリック以外の部分では自分を老人だとか思っていないと実感します。
だから今思うと、若い時に知り合う機会のあった年長者ともちゃんとお友達になればよかったなあ、惜しいことをしたなあ、と少し残念です。
(とはいえ、年齢のせいで体の機能に不都合や不具合が起きてくることはスピヌーも含めて避けられないわけで、そういうことは一応「たかが、肩」の健康ブログに書いていますし、コメント欄もありますから気軽にどうぞ。私のサイトからはそのブログに行けますが、そのブログからはサイトにつなげていないので、「健康談義」のみの知り合いもそこでできました。亡くなった方もいますが…)
では、小寄道さんに毎日読んでいただいていることも励みにして、ブログも続けますね。
ありがとうございました。
ブログは手軽にいろいろコメントされると心を乱されるので自分の覚書というスタイルに徹してコメントを閉鎖しています。エゴサーチとかもしませんし、できるだけ目立たないようにひっそり生きるのが平和の秘訣?という方針なのですみません。
でもだから逆にここでわざわざ声をかけてくださる方があると感激です。
小寄道さまのブログも拝見しました。(かってに脳内おともだち認定させていただきました。)
しかも、ついつい思い入れを吐露してしまったスピヌーに捧げた記事に反応してくださって二重の感激です。これも聖スピヌーのご利益?です。写真の転載でも記事のリンクでもなんでもどうぞ。列福調査の申請署名を集めたいくらいです。(というのはいくらなんでも冗談ですが)
でも、一般に、じぶんちの猫を賛美しても、関心を持たれないことはあっても、批判はされないので助かります。これが自分の親とか友人とか子供とか国とか共同体の賛美なら、揶揄されたり嫉妬されたり反感を持たれたりしがちですが、猫だとその関係性に「下心」の想像の余地がないからなんでしょうね、きっと。
小寄道さまのブログからF爺様のブログにもおじゃましました。
不思議だなあと思ったのは、お二人とも大体私と同世代の方だと思いますが、「老人」とか「爺」とかの形容を使っていらっしゃることです。他にも同世代か少し若い男性の知り合いで自分のことを「年寄り」と自称して書いていらっしゃることがあります。
女性は「老人」とか「婆」とか自分で言っているのはあまり聞いたことがなく、自虐でもひたすら「オバサン」とか「おばちゃん」とかです。
私はオバサン論で、「日本語のオバサンという言葉は、オバアサンにならないための最後の牙城なのか」と書いたことがありますが、やはりそのせいなのかしら。
そして、女性がめでたく90歳になったらなったで「なにがめでたい!」と叱られそうで…。
男性なら100歳を超えても新老人運動しようよ、生き方上手になろうよ、とか「老人」にわりとポジティヴなのかなあ、と思います。
昔、水上勉さんの60歳の誕生日にパリでお会いしたことがあります。
まだ女子学生だった私に「老賢人」風の自己演出(今にして思うと)をしていらっしゃったような…。
今は、同世代も含めて後期高齢者の友人もたくさんいまして、誰もほんとはレトリック以外の部分では自分を老人だとか思っていないと実感します。
だから今思うと、若い時に知り合う機会のあった年長者ともちゃんとお友達になればよかったなあ、惜しいことをしたなあ、と少し残念です。
(とはいえ、年齢のせいで体の機能に不都合や不具合が起きてくることはスピヌーも含めて避けられないわけで、そういうことは一応「たかが、肩」の健康ブログに書いていますし、コメント欄もありますから気軽にどうぞ。私のサイトからはそのブログに行けますが、そのブログからはサイトにつなげていないので、「健康談義」のみの知り合いもそこでできました。亡くなった方もいますが…)
では、小寄道さんに毎日読んでいただいていることも励みにして、ブログも続けますね。
ありがとうございました。