はじめまして
竹下さん、はじめまして。
メッセージを投稿したいと思いながら6月1日から更新がないので、ほぼ閉鎖されてるのかと思っていました。
大統領選前の3月、隠し財産について嘘をつき続けて没落した議員さんの顛末を知りたくて検索したら、竹下さんのブログがヒットしました。
まぁまぁの在仏歴なのに竹下さんのこともこちらの素晴らしいブログも知らず、その時はとても損をした気分でした。以来、毎日拝読しています。
政治、ねこ、歴史、芸術。どれも興味があるのになかなか知識が得られずもどかしい思いをしてました。それを存分に満たしてくれるL'arc de croire、読後感の爽快さは病みつきです。
ねこは友達の家の茶毛の縞ねこがお気に入りなので、そういう意味でもスピヌ君かわいいなぁと拝見してました。わたしの両親は健在ですが、もしも亡くなったら・・・と心配していた時期がありました。でも、自分のために誰かを無理矢理生かすというのはおかしいと思うと同時に、姿がない分いつも側にいると思うと、大事な人の死を受け入れる心が整ったような気がします。
短かくてもその人が授かった人生だから、その人が人生を全うしたなら可哀想だと思ってはいけない、という内容の文をどこかで読んだことがあります。長生きしてもらうのが一番ですけど、短かったからといってその人が不幸だと思ってはいけないんだなと気付かされました。それは残された人への癒しの考えでもあると思います。
ヨハネパウロII世のsanto subito、ヴェイユ女史のご夫婦共にパンテオンに眠れるという決断の速さも、亡くなったことへの悲しみを功績が満場一致で讃えられたという嬉しさに変換されるという体験を、彼等を慕う人々がしたのではないかと感じました。お葬式とは悲しみを具現化することで残された者に癒しを与える役目も担うのかなと思ったりもします。
是枝監督の「歩いても、歩いても」という映画がとても好きです。事故死した長男への母親の深い思いと彼女の発する言葉の辛辣さがリアルでした。蝶が亡くなった息子さんだというシーンがあり、そうかもしれないなと思いました。誰かの死から何か別のものを愛でる心が育まれると心は修復され、満たされる気がします。お風呂でも旅先でもスピヌ君を身近に感じられる幸福な時期到来ですね。
ド・ヴィリエ将軍の辞職。何かにつけて迅速で時代に合った対応をするマクロン政権が好きになっていたのでちょっとがっかりさせられました。軍事については色々いわれがちな予算ですが、予算削減を受け入れなかったド・ヴィリエ将軍の言葉から、国や国民はもとより、彼らのために前線にいる軍人の命も守もらねばならないという大切なことに思いが至っていなかったことに気が付かされました。戦争は反対です。でも世界中が臨界体勢下の今、理想論だけを掲げてられない事実があると思いました。軍人や彼らの家族は悔しい思いをしたのではないかと思います。
予算削減が全ての突破口のような考えは経済においても先行します。でも、チャーチスト運動のスティーブンスの言葉のように最低限の保障がなければ、人はいつか疲弊すると思います。それはロボットだってメンテナンスが必要なのと同じだと思います。軍を配する国や国民は軍人の命が予算に関わることを忘れないでほしいです。彼等のお陰で平和に暮らせる国民がちょっと我慢して、その分軍人に心と装備のゆとりを持たせて欲しいと思いました。彼の辞職はそういう意味で大きな影響を与えたと思います。
マクロン大統領がカリスマ的な印象を与えてるのかもしれませんけれど、マクロン陣営には勢いを感じても、彼自身はだんだん影が薄くなってきているような気がしています。どうしても大統領に求める「安定した強さ」が欠けているような気がしてなりません。ブリジット夫人がいて安心するくらいです。テレビのニュースくらいしか見ていないので実際は全然違うのかもしれません。そういう意味でも竹下さんのブログはとても興味深いです。
日本の自虐的呼称、聞いていて耳障りだと常々思っていました。日本は年齢と共に役割が変わることに重きがあるような社会なので年齢の重みや役割を感じ続けているのかもしれませんね。年寄は幕府の重鎮=賢者という意味で、自分を「年寄」と相手に認識してもらうのは不老不死時代に自慢として使う方が正しいのではないかと思います。
マクロン政権樹立の頃から投稿したいと思ってました。気に入ったハンドルネームも最近思いついたので、これからも質問など書かせてください。よろしくお願いします。
メッセージを投稿したいと思いながら6月1日から更新がないので、ほぼ閉鎖されてるのかと思っていました。
大統領選前の3月、隠し財産について嘘をつき続けて没落した議員さんの顛末を知りたくて検索したら、竹下さんのブログがヒットしました。
まぁまぁの在仏歴なのに竹下さんのこともこちらの素晴らしいブログも知らず、その時はとても損をした気分でした。以来、毎日拝読しています。
政治、ねこ、歴史、芸術。どれも興味があるのになかなか知識が得られずもどかしい思いをしてました。それを存分に満たしてくれるL'arc de croire、読後感の爽快さは病みつきです。
ねこは友達の家の茶毛の縞ねこがお気に入りなので、そういう意味でもスピヌ君かわいいなぁと拝見してました。わたしの両親は健在ですが、もしも亡くなったら・・・と心配していた時期がありました。でも、自分のために誰かを無理矢理生かすというのはおかしいと思うと同時に、姿がない分いつも側にいると思うと、大事な人の死を受け入れる心が整ったような気がします。
短かくてもその人が授かった人生だから、その人が人生を全うしたなら可哀想だと思ってはいけない、という内容の文をどこかで読んだことがあります。長生きしてもらうのが一番ですけど、短かったからといってその人が不幸だと思ってはいけないんだなと気付かされました。それは残された人への癒しの考えでもあると思います。
ヨハネパウロII世のsanto subito、ヴェイユ女史のご夫婦共にパンテオンに眠れるという決断の速さも、亡くなったことへの悲しみを功績が満場一致で讃えられたという嬉しさに変換されるという体験を、彼等を慕う人々がしたのではないかと感じました。お葬式とは悲しみを具現化することで残された者に癒しを与える役目も担うのかなと思ったりもします。
是枝監督の「歩いても、歩いても」という映画がとても好きです。事故死した長男への母親の深い思いと彼女の発する言葉の辛辣さがリアルでした。蝶が亡くなった息子さんだというシーンがあり、そうかもしれないなと思いました。誰かの死から何か別のものを愛でる心が育まれると心は修復され、満たされる気がします。お風呂でも旅先でもスピヌ君を身近に感じられる幸福な時期到来ですね。
ド・ヴィリエ将軍の辞職。何かにつけて迅速で時代に合った対応をするマクロン政権が好きになっていたのでちょっとがっかりさせられました。軍事については色々いわれがちな予算ですが、予算削減を受け入れなかったド・ヴィリエ将軍の言葉から、国や国民はもとより、彼らのために前線にいる軍人の命も守もらねばならないという大切なことに思いが至っていなかったことに気が付かされました。戦争は反対です。でも世界中が臨界体勢下の今、理想論だけを掲げてられない事実があると思いました。軍人や彼らの家族は悔しい思いをしたのではないかと思います。
予算削減が全ての突破口のような考えは経済においても先行します。でも、チャーチスト運動のスティーブンスの言葉のように最低限の保障がなければ、人はいつか疲弊すると思います。それはロボットだってメンテナンスが必要なのと同じだと思います。軍を配する国や国民は軍人の命が予算に関わることを忘れないでほしいです。彼等のお陰で平和に暮らせる国民がちょっと我慢して、その分軍人に心と装備のゆとりを持たせて欲しいと思いました。彼の辞職はそういう意味で大きな影響を与えたと思います。
マクロン大統領がカリスマ的な印象を与えてるのかもしれませんけれど、マクロン陣営には勢いを感じても、彼自身はだんだん影が薄くなってきているような気がしています。どうしても大統領に求める「安定した強さ」が欠けているような気がしてなりません。ブリジット夫人がいて安心するくらいです。テレビのニュースくらいしか見ていないので実際は全然違うのかもしれません。そういう意味でも竹下さんのブログはとても興味深いです。
日本の自虐的呼称、聞いていて耳障りだと常々思っていました。日本は年齢と共に役割が変わることに重きがあるような社会なので年齢の重みや役割を感じ続けているのかもしれませんね。年寄は幕府の重鎮=賢者という意味で、自分を「年寄」と相手に認識してもらうのは不老不死時代に自慢として使う方が正しいのではないかと思います。
マクロン政権樹立の頃から投稿したいと思ってました。気に入ったハンドルネームも最近思いついたので、これからも質問など書かせてください。よろしくお願いします。