Sekko様
バタンテール女史のその後が気になってブログを拝見したら、クリストファー・ノーランの映画「ダンケルク」でした。これでもう竹下さんの脳内は完全に「男性脳」であることが証明されました。日本公開は9月9日らしいですが、フランス・ベルギーでの公開が先行されたみたいですね。ご招待で観に行ったのか、自ら行ったのか、どちらかが気になります。私はノーランが好きです。
97歳の元イギリス兵士のエピソードを拾っていらっしゃいましたが、これはもう男女の関係ない、ひとりの人間として平和を希求する竹下さんらしさを感じました。
70年以上もそれなりの効力があったのですから、憲法9条の文言を今さら弄ってもしょうがないです。日米関係をどう見つめていくかですよ、トランプ以降も含めて・・。
さて、前回の話題で「アベル症候群になってもよさそうな」ご自身の罪悪感のようなもの、つまり恵まれてきた境遇やら犠牲なくして語れない立場(フェティシズム)などから来る「後ろめたさ」でしょうか。竹下さんが紹介なさっていた「共感との関連からみた罪悪感:発達的観点から」という高森さんの小論文をざっと読みました。
人間って、他者の苦痛に共感したり、共有しようとする心理や行動は、ほぼ2歳ころから始まるんですね。それで対人的な罪悪感も、幼児つまり自己鏡像認識段階から発達するということ。
この人間関係を起源とした罪悪感はさまざまありましたが、竹下さんはご自分とバタンテール女史をおなじラインで考えている気がしますけど・・。
失礼になったら今から謝ります。竹下さんは他人が羨むほど、裕福で恵まれた生活をおくっていらっしゃるのですか? 確かにやっかむ人はいるはいるでしょうけど、多くの人は竹下さんの実績やら仕事をみれば当然のことだと思いますが・・。
高森氏の論文では「アベル症候群」は5番目の「富裕の罪悪感」で論じられています。竹下さんがもし罪悪感のようなものがあるとしたら、私は4番目の「達成の罪悪感」に該当するのではないかと考えております。失礼にあたったらご免なさい。
この罪悪感が、幼児期での発達心理学の応用において、身障者差別や戦争への忌避につながっていかないかと夢想してしまいました。高森氏の一連の論文はいまから10年以上前のもので、ご著書もないようですが・・。竹下さんは別のなにかご存知ですか?
気軽にどうぞというお墨付きをいただきましたので、また長文を書き込んでしまいました。
97歳の元イギリス兵士のエピソードを拾っていらっしゃいましたが、これはもう男女の関係ない、ひとりの人間として平和を希求する竹下さんらしさを感じました。
70年以上もそれなりの効力があったのですから、憲法9条の文言を今さら弄ってもしょうがないです。日米関係をどう見つめていくかですよ、トランプ以降も含めて・・。
さて、前回の話題で「アベル症候群になってもよさそうな」ご自身の罪悪感のようなもの、つまり恵まれてきた境遇やら犠牲なくして語れない立場(フェティシズム)などから来る「後ろめたさ」でしょうか。竹下さんが紹介なさっていた「共感との関連からみた罪悪感:発達的観点から」という高森さんの小論文をざっと読みました。
人間って、他者の苦痛に共感したり、共有しようとする心理や行動は、ほぼ2歳ころから始まるんですね。それで対人的な罪悪感も、幼児つまり自己鏡像認識段階から発達するということ。
この人間関係を起源とした罪悪感はさまざまありましたが、竹下さんはご自分とバタンテール女史をおなじラインで考えている気がしますけど・・。
失礼になったら今から謝ります。竹下さんは他人が羨むほど、裕福で恵まれた生活をおくっていらっしゃるのですか? 確かにやっかむ人はいるはいるでしょうけど、多くの人は竹下さんの実績やら仕事をみれば当然のことだと思いますが・・。
高森氏の論文では「アベル症候群」は5番目の「富裕の罪悪感」で論じられています。竹下さんがもし罪悪感のようなものがあるとしたら、私は4番目の「達成の罪悪感」に該当するのではないかと考えております。失礼にあたったらご免なさい。
この罪悪感が、幼児期での発達心理学の応用において、身障者差別や戦争への忌避につながっていかないかと夢想してしまいました。高森氏の一連の論文はいまから10年以上前のもので、ご著書もないようですが・・。竹下さんは別のなにかご存知ですか?
気軽にどうぞというお墨付きをいただきましたので、また長文を書き込んでしまいました。