『偉大なるマルグリット』
竹下さんの書かれた『偉大なるマルグリット』グザヴィエ・ジャノリとカトリーヌ・フロを読ませて頂きました。コメントが素晴らしく嬉しくなっていろいろ考えてしまいました。
音痴で歌うことについて
思いついたことを以下に書きます。妄想かもしれません。
1.譜面の歌の音程の倍音を歌っているのかも?
音は単音であっても基音と倍音があり、基音から外れると音痴に聞こえてしまうらしいのですがもしかしたら、彼女の頭の中では、倍音の方が心地良いと感じている。もしくはプロ(彼女がお手本としているレコードの歌手)の歌を聞いても、倍音成分のところを聞いてしまいそれを歌っている。ということが起きていて、その倍音を発声してしまうことが原因なのではないか?
『フローレンス・フォスター・ ジェンキンス』のレコードの音を分析すればわかるかもしれません。
2.シュールレアリスム的表現かも
竹下さんも指摘されています
『指定されている音を演奏者が外すことは、「失敗」であり』
ですが、
『フローレンス・フォスター・ ジェンキンス』にはその認識が無い為
無意識にシュールレアリスム的表現をしてしまった。なので、あの倒れる前に音痴でなく歌うシーンがあります
『最後のクライマックスにおいて、最後の最後、一瞬、音程を外さずに歌う』
これは、倒れる前に、意識が混濁したために、シュールレアリスム的に歌うことを失してつい譜面通りに歌ってしまった。
3.最後に音を感じる構造について
人間の聴覚、視覚、などは入ってきた信号を脳で感覚を得るわけですが、一部にはそのセンサが普通と異なるか、脳が異なるのか、(例えが悪いのですが)視覚で言えば色弱など、同じように見えない視覚を持つ人もいるので、もしかしたら、彼女の聴覚には普通とは異なる感覚があったのではないか?
なんてことをつらつら考えてみました。
音痴で歌うことについて
思いついたことを以下に書きます。妄想かもしれません。
1.譜面の歌の音程の倍音を歌っているのかも?
音は単音であっても基音と倍音があり、基音から外れると音痴に聞こえてしまうらしいのですがもしかしたら、彼女の頭の中では、倍音の方が心地良いと感じている。もしくはプロ(彼女がお手本としているレコードの歌手)の歌を聞いても、倍音成分のところを聞いてしまいそれを歌っている。ということが起きていて、その倍音を発声してしまうことが原因なのではないか?
『フローレンス・フォスター・ ジェンキンス』のレコードの音を分析すればわかるかもしれません。
2.シュールレアリスム的表現かも
竹下さんも指摘されています
『指定されている音を演奏者が外すことは、「失敗」であり』
ですが、
『フローレンス・フォスター・ ジェンキンス』にはその認識が無い為
無意識にシュールレアリスム的表現をしてしまった。なので、あの倒れる前に音痴でなく歌うシーンがあります
『最後のクライマックスにおいて、最後の最後、一瞬、音程を外さずに歌う』
これは、倒れる前に、意識が混濁したために、シュールレアリスム的に歌うことを失してつい譜面通りに歌ってしまった。
3.最後に音を感じる構造について
人間の聴覚、視覚、などは入ってきた信号を脳で感覚を得るわけですが、一部にはそのセンサが普通と異なるか、脳が異なるのか、(例えが悪いのですが)視覚で言えば色弱など、同じように見えない視覚を持つ人もいるので、もしかしたら、彼女の聴覚には普通とは異なる感覚があったのではないか?
なんてことをつらつら考えてみました。