信仰
私は無宗教の夫とつれそつて、半世紀。最近夫をなくし、仏式の葬儀でおくりました。結婚したときは、私だけがカトリツクで、夫はそれをみとめてくれましたが、夫の両親は子どもの洗礼についてはすごく怒りました。でも当時はそれがカトリツク信者の約束事で私は針の筵で、それに耐えました。夫はなにも言わず、ゆるしてくれました。夫の家は真言宗ですが、彼は別段仏教にくわしかつたわけではありません。日本人が大抵そうであるように、宗教はたいして問題にならない人生をおくりました。私は彼が別の派のキリスト教だつたら、とてもこまつただろうとおもいます。信仰というものは理屈じゃないので、カトリツクをみとめてくれないキリスト教の派でしたら、争いがたえなかつたろうとおもいます。無宗教だから、カトリツクのことはわからなくても「家内はカトリツク」とわりきつて、平気でした。大羊さんは信仰をおもちなのでしょうか?それが気になるところです。どの教団もへんな、わかりにくいことだらけです。教義だつて、洗礼をうけていても判らないことばかりでした。でも信仰が先にあると、おかしなことも、だんだん、なるほどなあ・・と納得がゆくようになるものです。カトリツクの「マリアの被昇天」という、玄義がありますね。へんですよね。でもこれが20世紀中ごろに宣言されたものなんです。科学精神一辺倒の現代の知性がみとめたんですよ。ユングはこの教義をとても偉大だとほめました。河合はや雄氏は「不思議な教義を知性のすぐれたヨーロツパ人が信じているという事実が大切だ」といわれました。要するに、少しずつ納得が行きそうな、感じがしてくる教団は健全だとおもうのです。どうも、おかしい・・とおもいつずけるようなら、やはりその教団にはおられないとおもうのです。司祭の独身制などは聖書にかかれていませんから、妻帯者も独身者も司祭になれる時期はきつとくるでしょう。老齢化もそう、いちがいにいえませんよ。他民族がはいつてくることもあるでしょうし。あまり心配せず、はいつてしまわれてから、悩むのもいいとおもいます。福音派とカトリツクはかなりしんどいかな・・とおもいます。カトリツクつて、やめる方いないんですよ。案外いい加減みたいですが、芯のところは「くさつてもなんとか」みたいなところがあるんです。福音派がそうなら、やはり大変でしょうね。でも日本人というのはお互いに干渉しないで、カトリツク、プロテスタントで仲のいいご夫婦も身近にいますよ。お相手次第でしょうか?なんだかまとまりのない話になりました。ごめんなさい。