認識論は心理学で

認識論は心理学で

あがるま · 2010-01-15 04:56:20 UTC+9 · 投稿 #470

存在論は論理学です
バークレー僧正が『存在esseとは知覚されるpercipiことだ』と云つたことはご存知でせう。
存在を『がある存在』DaSeinと『である存在』SoSeinに区別するのは和辻哲郎以来だと思ひますが、それを適用すれば認識論は『である』であり存在論は『がある』になります。
アリストテレス以来の伝統では両者の区別はなく主語(基体)に述語を結合させた命題でもつて事態を端的に表現して居ました。
『存在は本質的に論理的であり、論理は単に主観的な心理現象ではなく、あくまで客観的な実在の表現』です。
ニコライ・ハルトマンはカントの存在論的解釈で『我々の認識が物自体の認識ではないならばそれは認識と云ふ事柄自身に撞着する』と云ふ訳です。
カントが『存在とは実在的な述語ではない』とか『観念論論駁』や『可能性の条件』と云ふのは心理学的解釈を擁護した訳ではありません。