存在論について

存在論について

Sekko · 2010-01-13 23:45:39 UTC+9 · 投稿 #469

認識論と存在論の違いは、かなり大きな問題です。哲学的にも、コンセンサスなどありません。「認識論と存在論の違い」でネットで検索すれば、いろいろな考え方が出てくると思います。
カントはそう言わないと思いますが、私はハルトマン風で、認識論は存在論を必要とし、認識し得うる関係の存在論だと思います。
つまり、存在論はかなり形而上的な話ですが、認識論はもっとプラグマティックで、認識するものされるものとの関係性が問題になるからです。
たとえば、M・Nさんが「存在している」かどうかは、少なくとも私にとっては、こうしてここで、私に問いかけてくださリ、私が答えることによって意味を持つものであります。逆に、ここを黙って見てくださっている他の方の存在は開示されない限り、私には意味を持ちません。私は最近、『無神論の系譜』(仮題)を脱稿したのですが、神の存在証明とか言うものも、そういう堂々巡りの連続でした。存在論と認識論と論理学の間を行ったり来たり。マザー・テレサが神を見失って苦しんでいたというのが、死後に、一部で話題でしたが、「聖人」と呼ばれる人たちで、神の存在に対する信仰は失わないけれど、神の不在(非存在でなく)に悩んだ人は少なからずいます。
私の音楽の生徒で6歳の少女が年末、突然、サンタクロースは存在しない、と言った時、私は、存在の仕方にはいろいろあるもので、私は信じている、もしあなたの両親を含む多くの人が信じていなければサンタクロースは存在しなくなるんだ、と答えました。サンタクロースの名のもとに、子供を喜ばせたいと親に思わせるのガサンタクロースの存在の仕方じゃないかって。
神には体とかないんですから、あるのは「情報の元」みたいなもんで、どこにでも宿せるから、自分の心に囲っておけるんです。
最近、ウィルスは微小すぎて遺伝子のような情報しかなくて、ミトコンドリアのように、人間の遺伝子も昔からウィルスを取り込んでは進化してきた、今もひょっとして進化のヒントを得るためにインフルエンザ・ウィルスなどを取り込むのだ、という趣旨の医学論文を読みまして、神と似てるなあと思ったところです。ウィルスは「火星人の襲撃」のように、実体を持った「敵」でなく、からだの中で増殖するわけでもなく、体がその情報を次々とコピーしてしまうだけなんだそうです。他者による受容がその存在の根幹というか唯一の実体であるような存在もあるんだなあ、と思うこの頃です。
質問の内容とずれてるかもしれませんが、クラシックな答えは他所で探してください。