ダビデへのエコひいき

ダビデへのエコひいき

迷える大羊 · 2010-12-31 09:11:18 UTC+9 · 投稿 #539

連続投稿失礼します。旧約聖書を読んで思ったことなんですが・・。主はどうして、ダビデに「甘い」んでしょうか?
これまでに何度か触れましたけど、トンでもない男ですよね。

人は殺しまくり、部下の妻、人妻の風呂を覗いて、横恋慕して、ナニをして、旦那は最前線の戦場に送り込んで亡き者にして・・・、鬼畜の如き所業。この哀れな旦那の他にもダビデに殺戮された者は数知れず・・。

一応、主も彼にお仕置きはしているんですけど(寝取った部下の妻パテシバとのの赤ん坊は亡くなったり、領民が殺されたり)、彼が行ってきた殺りく行為、レイプの数々と比較して、どうにも軽い感じがするのは否めない、なんといっても彼自身は無事だし、と思うのは私だけでしょうか??

なんといっても主、神様がおかしいのは、後世の王様を残酷な目にあわせるとき、いつも、都合よくダビデの所業を忘れて

「しかし、我が僕ダビデが私の戒めを守り、心を尽くして、私に従って歩み、私の目にかなう正しいことだけを行った・・」(列王記上14章8節、新共同訳聖書より)

あまり、主に向かってこんなこといいたくありませんが、「アホですか?どこに目をつけてるんですか?」といいたくなります。
一体、ダビデのエピソードで旧約聖書の記者はどんなメッセージを送りたいんでしょうか?主の御贔屓にあずかれば、どんな悪さをやってもOKとか、世の中力がすべて、という身もフタもない不条理な教訓しか読み取れませんが・・。

それにしても、私もダビデのように主の御贔屓にあずかれればなぁ、と思う次第。

よい御年を。