ユダ
ヒストリーチャンネルでしたか、ビン・ラディンの殺害に重ねて、リーダーを捕まえるには必ず手引きをする者が必要だ、と言っていましたが、アメリカのTVが言うと妙に納得します。
最後の晩餐の動揺からしても、マークされていたのはユダだけではなかったと思われます。
著書のように、イエスは確かにユダを許していたし、ユダの状況を理解してその苦しみを和らげようとしていたようにも思えます。
しかしその後、ユダヤ人と共に、人類最大の悪人とされてしまったのはこれこそ人間の罪の深さというべきでしょうか?
最近でも、キエフ派のウクライナ正教会総主教が、プーチン大統領を「カイン」に例えたとのことです。
シリア内戦(もうアラブ宗教戦争と言うべきでしょうが)では、サウジのイスラムの指導者が、アラウィー派のアサド大統領と戦うことを聖戦扱いにして、アサド大統領は、外国戦闘員を背教者と呼んでいました。こんな取り返しのつかないことをすると泥沼は深まるばかりです。
自らの立場を正当化するために、相手を絶対悪とレッテルを貼るのは今後も続くことでしょう。(世俗的には「民主主義の敵」なる言葉も流行しているようです)
罪深い人間の歴史の中で、ユダも少しずつ人間的な光を当てられているようですが、それはポジティブなことなのでしょうか。
今、教皇は困難な中でも寛容と和解を訴えているようですが、その基本的な立場を貫いてほしいものです。
(ISISに対しては正当防衛の歴史からの理解をしています)
今ユダはどこに居るのでしょうか?
最後の晩餐の動揺からしても、マークされていたのはユダだけではなかったと思われます。
著書のように、イエスは確かにユダを許していたし、ユダの状況を理解してその苦しみを和らげようとしていたようにも思えます。
しかしその後、ユダヤ人と共に、人類最大の悪人とされてしまったのはこれこそ人間の罪の深さというべきでしょうか?
最近でも、キエフ派のウクライナ正教会総主教が、プーチン大統領を「カイン」に例えたとのことです。
シリア内戦(もうアラブ宗教戦争と言うべきでしょうが)では、サウジのイスラムの指導者が、アラウィー派のアサド大統領と戦うことを聖戦扱いにして、アサド大統領は、外国戦闘員を背教者と呼んでいました。こんな取り返しのつかないことをすると泥沼は深まるばかりです。
自らの立場を正当化するために、相手を絶対悪とレッテルを貼るのは今後も続くことでしょう。(世俗的には「民主主義の敵」なる言葉も流行しているようです)
罪深い人間の歴史の中で、ユダも少しずつ人間的な光を当てられているようですが、それはポジティブなことなのでしょうか。
今、教皇は困難な中でも寛容と和解を訴えているようですが、その基本的な立場を貫いてほしいものです。
(ISISに対しては正当防衛の歴史からの理解をしています)
今ユダはどこに居るのでしょうか?