2014年の投稿

エトワールさま

sekko · 2014-04-26 23:49:19 UTC+9 · 投稿 #708

ミカエル、ガブリエル、ラファエルの3人以外の大天使は基本的には名前が啓示されていないということですね。ウリエルら4人はエノク書など旧約外典に出てくるわけで最初から要注意ではありました。

Adelbertという人がこれら外典の天使たちについて詳細に書き出したので、聖ボニファチウスが教皇ザカリアスに進言して745年にこの人を異端として破門しました。Uriel, Raguel, Tubuel, Inéas, Tubuas, Saloac, Simielへの祈りを勝手に作ったということで、これらの天使の集まりは悪魔の集まりだと言われたようです。

(Françoise Bouchard, "Les grands miracles de la dévotion", Ed. Résiac, 1996.)

"Dictionnaire portatif des Conciles" (Paris, Veuve Didot, 1767)によれば 745年10
月25日にローマで、7人の司教、17人Romeの司祭と聖職者が教皇のもとに集まって、Adelbert と Clement du Sacerdoceを異端として前者の著作を焚書したそうです。 正典に出てこない名前を勝手につけてはいけないということです。このことは789年のアーヘンの公会議でも確認されました。

でもその前に787年の第2ニカイア公会議で絵画や彫刻で天使を表現することが許可されたので、天使の図像そのものは多くなりました。その時に参考にされたのは、翼を備えたギリシャの勝利の女神ニケの姿だったりしています。

もっとも、アウグスティヌスが言ったように、天使とは神に仕える「機能」のことであり、その実態は「霊」であり、名前をつけて偶像化するのはまずいということです。

でもその後も、連祷に出てきたり棺に名が彫られたり、7人の大天使をまとめて守護を祈るのが流行ったり、イエズス会士がフィリピンにまで7人の名を広めて女子修道院の名になったり、4人の大天使の名も結局、復活継承されてきました。

人はきっと天使に祈ったり頼ったりするときに「名前」を呼ぶ必要があるのかもしれません。そしてその名前にはちゃんと仕様書や取扱説明書もついていてほしいのが人情なのかもしれませんね。

天使

エトワール · 2014-04-26 07:08:29 UTC+9 · 投稿 #707

745年に第91代ローマ教皇ザカリアスは教会会議においてウリエル、ラグエルなどの天使を堕天使と認定し、ラグエルを「聖人の名を騙る悪魔」と非難したといわれています。民間において過熱していた天使信仰を危険視した教会がそれを沈静化するために行った政治的処分で、知名度の高かったウリエル、ラグエルなどの天使がその見せしめとなったというものですが、この年に公会議が開催された記録はなく、その真相は、邦訳されている文献では、あまりよく分かりません。ウリエル、ラグエルらの堕天使事件について、どのようにお考えでしょうか。

グラさま、ありがとうございます。

sekko · 2014-04-18 00:42:43 UTC+9 · 投稿 #706

ご感想をいただいて嬉しいです。直接の知り合い以外からの最初の感想でした。

サイトの著作紹介のコメントもお読みください。

『十三人のユダ』のことは知りませんでした。

このタイトルの選び方とインパクトにはいろいろなものを感じさせられます。

今日、進化生物学者の書いた『「先送り」は生物学的に正しい』(宮竹貴久)という本を読んだのですが、とにかく生き残るためには生物は死んだふり、擬態、パラサイト、なんでも実践するというのを見て、「裏切り」も含めて、「十三人のユダ」のとった行動は、きっとそれぞれの生存戦略だったということなのだろう、と想像します。

アブラムの「暗黒の恐怖」についても考えさせられます。

ありがとうございました。



「ユダ」を読ませていただきました

グラ(愛犬の名称) · 2014-04-17 11:54:08 UTC+9 · 投稿 #705

竹下先生

早速、「ユダ」を読ませていただきました。
時機に適った出版であったと、個人的には感じております。
私は、プロテスタントの所謂福音派に身を置く者ですが、「福音とは何か」という根本的な理解にゆらぎが生じた中に生きている者でもあります。

福音は、救いの歴史だけでは捉えきれないという反省が、教会を変え始めております。
私は、この教会の反省は、正しいものと理解しております。福音は救いだけではなく、救いを包含する、神の歴史全体を理解する必要があります。

ユダの両義性もまたそのように理解する必要があるように思われます。
森有正先生が、「アブラハムの生涯」という講演集で触れておりましたが、創世記15章12節、「深い眠りがアブラムを襲った。そして見よ。ひどい暗黒の恐怖が彼を襲った。」(新改訳聖書の訳ですが)アブラムへの祝福に先立つところの「暗黒の恐怖」は、何であったのでしょう。

ユダという表現では、日本での作品は、大下英治の「十三人のユダ」しか、私は知りません。三越百貨店を私物化した、岡田茂と竹久みちを題材にした作品です。この作品でも、「一人目のユダ」とか、「ユダは誰だ」という章もあります。ユダを裏切りの象徴として使用しておりますが、結局、公器である企業を私物化するという視点も「ユダ」かもしれません。

ユダを、歴史的に、文化的に俯瞰し、調理する、竹下先生の凄みには、相変わらず脱帽です。
大切にしたい、ご本であります。ありがとうございました。